オリックスを変えた森脇監督の意識改革 端正なマスクに秘められた勝負への厳しさ

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伝える努力を怠らず考えを浸透させる

18年ぶりリーグ優勝は逃したが、ソフトバンクとシーズン終盤まで歴史に残る優勝争いを展開したオリックス。森脇監督の勝負に対する厳しさが確かにチームを強くした 【写真=BBM】

 09年オフにソフトバンクを退団後、11年には巨人で2軍内野守備走塁コーチを務め、翌12年からオリックスへ。コーチでの1年を経て、13年に監督に就任した。12年から10シーズンをさかのぼっても、Aクラスはわずか1度だけで、最下位5度。森脇監督は「チームの状況が違い過ぎる」とホークスでのやり方を押しつけるようなことは、決してしなかった。

 13年、糸井嘉男とのトレードで、レギュラーの大引啓次が抜けた遊撃手のポジションに、森脇監督は12年入団の安達了一を抜てきした。その脚力、小技もできる器用さに、内心では使うつもりではいた。それでも森脇監督は、安達にはことあるごとにこう言い続けた。

「誰が一体、ショートは安達って決めたんだ?」

 グラブの出し方、打球の入り方など、基礎から、いやゼロベースから徹底的に反復させた。10年に本塁打王のタイトルを獲得も、その後は精彩を欠いていたT−岡田に対して「Tを取って、新たな名前でスタートする。それくらいの覚悟で来い」と猛烈なハッパをかけると、T−岡田は、14年の宮古島キャンプに6キロ減の98キロと絞り込んで、その意気込みを見せた。

 捕手の25歳・伊藤光にも「味方には優しく、相手にはしつこく」とリードの極意を解き、その3人に対し「ほめて育てる時代だって言うけど、あの3人をほめたら、ろくなことがないから」と今も厳しい声を掛け続けている。京セラドームのグラウンドから見て右、ベンチの2列目中央に陣取る森脇監督の前、最前列の席にT−岡田、安達、伊藤を試合中にも常に座らせ、声を掛け、試合中であろうとも、そのプレーの精度に関して、厳しく指摘する。

「相手に、10伝えようと思っても、1とか2、よくて3くらいしか伝わっていない。そう思わないといけないだろうね。7、8……と伝えたい。ならば、伝わるまでこっちがやらないといけない。たとえば『私は驚いた』というのを逆に『驚いた、私は』といえば、どっちがよりビックリしたように感じる? 後の方だったりするだろ? そうした表現の方法も、考えないといけない」

 だから、森脇監督は自らも、中国の故事や歴史物の本を読み、気に入ったフレーズや内容を、丹念に書き取ったりする。読書の重要性を説いたことで、自己啓発書などに手を伸ばし始めた今季6年目の西勇輝が開幕8連勝の大活躍を見せたとき、その躍進の理由を問われた森脇監督は、即座に「本を読むようになったからじゃないかな」と答えたほどだ。

 こうした“自らの思い”を浸透させるために、森脇監督は実に丹念に、根気よく、選手たちに伝える努力を怠らない。試合前練習で森脇監督の姿を追うと、まさに神出鬼没。投手が練習するセンター付近に足を運んだかと思うと、選手の傍らに立ち、何やら語りかけている。バント練習を終えた選手とは、一緒にタマ拾いをしながら話している。“お小言”を受け続けたおかげなのか、安達は「打席に入って、たぶんこのサインが出るだろうな……と考えるんですが、最近はほとんど当たりますね」。

18年ぶりV逃すも次の戦いに向けて

 そうした“森脇イズム”が結実したのが、14年、指揮2年目の今季だった。李大浩の契約交渉が決裂し、ソフトバンクへ流出。バルディリス(横浜DeNA)も放出し、13年には計41本塁打、182打点の大砲2人が消え、開幕前の下馬評はことごとく低かった。

 それでも森脇監督は「そりゃ、そうだろうね」とまったく意に介していなかった。2人の欠点は足の遅さ。無死一塁でライト前にヒットが飛んでも、2人は二塁で止まってしまう。そのスピード感のなさでは、森脇監督の描く野球ができなかった。14年加入のヘルマンとペーニャの2人は、闘志あふれるプレーはもちろん、「ヒットで一、三塁」のシチュエーションを作れるだけのスピードを備えていることを、森脇監督は見抜いていた。

 試合中はもちろんのこと、キャンプ中の紅白戦でも、サインミスやバントを何度となく失敗する選手に対しては、その理由を本人に説明した上で、容赦なく2軍へ落とした。足を絡めたスピード感あふれる野球は、90年を最後にチーム盗塁数が100の大台を超したことがないオリックスが、今季は126。「常に次の塁。動きを止めたら、われわれは負けるんだ」と得点圏へ走者を送るべく、送りバントやバスターのサインを、1球ごとに切り替える細かさは、両リーグトップのチーム総犠打数177が如実に示している。

 このスピード感にあふれ、かつきめ細かい攻撃スタイルを実現させるために、選手たちの意識を変え、必要な人材を見極める一方で「バッテリーを中心とした守りの野球」を標ぼう。金子千尋という絶対的エースを軸に、2年連続で最優秀中継ぎのタイトルを獲得した佐藤達也、5年連続60試合登板の鉄腕ストッパー・平野佳寿を中心とした充実のリリーフ陣を整備。7回終了時までにリードすれば67勝2敗という驚異的な数字をマークし「先行すればオリックス」という“勝利の型”を森脇監督は見事につくり上げ、最後の最後までソフトバンクを猛追、歴史に残る優勝争いを展開したのだ。

「終わるまで、終わらない。終わると決めた瞬間に勝負は終わってしまう。まだ終わっていない。喜びは今日まで。12時を超えたら新しい日のことを考えなきゃいけない。立ち止まっている時間はない」

 一度は、優勝マジックを点灯させながら、18年ぶりの悲願には、あと一歩、届かなかった。しかし、無念の思いを晴らすチャンスは、まだ残されている。6年ぶりのクライマックスシリーズ(CS)進出、そして日本シリーズへ――。
 新たなる戦いを控えて、森脇監督はもう、思考回路をすでにフル回転させている。端正なマスクの裏側に秘められた、勝負に対する厳しさこそが、長く低迷し続けてきたオリックスというチームを、わずか2年で変えた最大の要因なのだろう。

<文=喜瀬雅則(産経新聞)>

森脇 浩司(もりわき ひろし)

1960年8月6日生まれ。兵庫県出身。178センチ78キロ。右投右打。社高から79年ドラフト2位で近鉄に入団。広島、南海・ダイエーを経て現役を引退し、97年から09までダイエー・ソフトバンク、11年に巨人でコーチ、二軍監督などを歴任。06年には王監督の胃がん手術に伴う休養のためソフトバンクの監督代行を務めた。12年にオリックスの監督に就任し2年目の今季、オリックスを6年ぶりCS進出に導いた。来季の続投も決まっている。

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