オリックスを変えた森脇監督の意識改革 端正なマスクに秘められた勝負への厳しさ
伝える努力を怠らず考えを浸透させる
18年ぶりリーグ優勝は逃したが、ソフトバンクとシーズン終盤まで歴史に残る優勝争いを展開したオリックス。森脇監督の勝負に対する厳しさが確かにチームを強くした 【写真=BBM】
13年、糸井嘉男とのトレードで、レギュラーの大引啓次が抜けた遊撃手のポジションに、森脇監督は12年入団の安達了一を抜てきした。その脚力、小技もできる器用さに、内心では使うつもりではいた。それでも森脇監督は、安達にはことあるごとにこう言い続けた。
「誰が一体、ショートは安達って決めたんだ?」
グラブの出し方、打球の入り方など、基礎から、いやゼロベースから徹底的に反復させた。10年に本塁打王のタイトルを獲得も、その後は精彩を欠いていたT−岡田に対して「Tを取って、新たな名前でスタートする。それくらいの覚悟で来い」と猛烈なハッパをかけると、T−岡田は、14年の宮古島キャンプに6キロ減の98キロと絞り込んで、その意気込みを見せた。
捕手の25歳・伊藤光にも「味方には優しく、相手にはしつこく」とリードの極意を解き、その3人に対し「ほめて育てる時代だって言うけど、あの3人をほめたら、ろくなことがないから」と今も厳しい声を掛け続けている。京セラドームのグラウンドから見て右、ベンチの2列目中央に陣取る森脇監督の前、最前列の席にT−岡田、安達、伊藤を試合中にも常に座らせ、声を掛け、試合中であろうとも、そのプレーの精度に関して、厳しく指摘する。
「相手に、10伝えようと思っても、1とか2、よくて3くらいしか伝わっていない。そう思わないといけないだろうね。7、8……と伝えたい。ならば、伝わるまでこっちがやらないといけない。たとえば『私は驚いた』というのを逆に『驚いた、私は』といえば、どっちがよりビックリしたように感じる? 後の方だったりするだろ? そうした表現の方法も、考えないといけない」
だから、森脇監督は自らも、中国の故事や歴史物の本を読み、気に入ったフレーズや内容を、丹念に書き取ったりする。読書の重要性を説いたことで、自己啓発書などに手を伸ばし始めた今季6年目の西勇輝が開幕8連勝の大活躍を見せたとき、その躍進の理由を問われた森脇監督は、即座に「本を読むようになったからじゃないかな」と答えたほどだ。
こうした“自らの思い”を浸透させるために、森脇監督は実に丹念に、根気よく、選手たちに伝える努力を怠らない。試合前練習で森脇監督の姿を追うと、まさに神出鬼没。投手が練習するセンター付近に足を運んだかと思うと、選手の傍らに立ち、何やら語りかけている。バント練習を終えた選手とは、一緒にタマ拾いをしながら話している。“お小言”を受け続けたおかげなのか、安達は「打席に入って、たぶんこのサインが出るだろうな……と考えるんですが、最近はほとんど当たりますね」。
18年ぶりV逃すも次の戦いに向けて
それでも森脇監督は「そりゃ、そうだろうね」とまったく意に介していなかった。2人の欠点は足の遅さ。無死一塁でライト前にヒットが飛んでも、2人は二塁で止まってしまう。そのスピード感のなさでは、森脇監督の描く野球ができなかった。14年加入のヘルマンとペーニャの2人は、闘志あふれるプレーはもちろん、「ヒットで一、三塁」のシチュエーションを作れるだけのスピードを備えていることを、森脇監督は見抜いていた。
試合中はもちろんのこと、キャンプ中の紅白戦でも、サインミスやバントを何度となく失敗する選手に対しては、その理由を本人に説明した上で、容赦なく2軍へ落とした。足を絡めたスピード感あふれる野球は、90年を最後にチーム盗塁数が100の大台を超したことがないオリックスが、今季は126。「常に次の塁。動きを止めたら、われわれは負けるんだ」と得点圏へ走者を送るべく、送りバントやバスターのサインを、1球ごとに切り替える細かさは、両リーグトップのチーム総犠打数177が如実に示している。
このスピード感にあふれ、かつきめ細かい攻撃スタイルを実現させるために、選手たちの意識を変え、必要な人材を見極める一方で「バッテリーを中心とした守りの野球」を標ぼう。金子千尋という絶対的エースを軸に、2年連続で最優秀中継ぎのタイトルを獲得した佐藤達也、5年連続60試合登板の鉄腕ストッパー・平野佳寿を中心とした充実のリリーフ陣を整備。7回終了時までにリードすれば67勝2敗という驚異的な数字をマークし「先行すればオリックス」という“勝利の型”を森脇監督は見事につくり上げ、最後の最後までソフトバンクを猛追、歴史に残る優勝争いを展開したのだ。
「終わるまで、終わらない。終わると決めた瞬間に勝負は終わってしまう。まだ終わっていない。喜びは今日まで。12時を超えたら新しい日のことを考えなきゃいけない。立ち止まっている時間はない」
一度は、優勝マジックを点灯させながら、18年ぶりの悲願には、あと一歩、届かなかった。しかし、無念の思いを晴らすチャンスは、まだ残されている。6年ぶりのクライマックスシリーズ(CS)進出、そして日本シリーズへ――。
新たなる戦いを控えて、森脇監督はもう、思考回路をすでにフル回転させている。端正なマスクの裏側に秘められた、勝負に対する厳しさこそが、長く低迷し続けてきたオリックスというチームを、わずか2年で変えた最大の要因なのだろう。
<文=喜瀬雅則(産経新聞)>