幸野志有人、サッカー人生を懸けた古巣戦
天皇杯漫遊記ラウンド16 千葉対長崎

平日開催の天皇杯への違和感

平日夜の試合は、アウェーのサポーターにとっては集まりにくい。長崎側の人数はやはり少なかった
平日夜の試合は、アウェーのサポーターにとっては集まりにくい。長崎側の人数はやはり少なかった【宇都宮徹壱】

「この間の川崎(フロンターレ)vs.セレッソ(大阪)の試合、てっきり天皇杯だと思って会場に行ったら、ナビスコカップだったんでびっくりしたよ(笑)」


 先日、知り合いのフォトグラファーがそんな笑い話を聞かせてくれた。「この間」というのは9月7日のこと。その日はナビスコカップ準々決勝4試合のほかに天皇杯ラウンド16(FC東京vs.清水エスパルス)も行われていた。


 今年の天皇杯は、来年1月にアジアカップが開催されることを受けて、2カ月前倒しで開催されていることは先のコラム(8月21日掲載、関連リンク参照)で触れたとおり。結果として今年の天皇杯は、Jリーグの試合がない平日の夜に行われることになった。週末昼の試合と比べると、アウェーのサポーターが集まりにくいことに加え、ホームのお客さんも「あれ、今日は何の大会だったっけ?」と混乱しかねないのではないか。


 日本代表がベネズエラ代表と横浜で対戦したキリンチャレンジカップの翌日(9月10日)、ラウンド16の7試合が各地で行われた。会場は当該クラブいずれかのホームグラウンド。中立地やJクラブのない地方都市での開催はひとつもない。平日開催は日程的に仕方がないとして、このナビスコっぽい開催地は何とかならなかったのか。すでに都道府県代表は全滅しているので、なかなか「天皇杯らしさ」が感じられない今大会。そんな中で私が選んだカードは、千葉のフクダ電子アリーナ(フクアリ)で開催される、V・ファーレン長崎vs.ジェフユナイテッド千葉であった。


 なぜこのJ2でも普通に行われるカードを選んだのか。それにはもちろん、いくつか理由がある。クラブの歴史の差が、どれだけカップ戦に反映されるのか(千葉は前身の古河電工から続く名門だが、長崎は05年の設立)。リーグ戦での相性の良さ・悪さはカップ戦でも通用するのか(通算成績は長崎の3勝1分け)。そしてもうひとつ、私はこの日のメンバー表を見て、千葉のある若い選手に注目しようと思っていた。

古巣・長崎と対戦する幸野について

古巣・長崎と相対する幸野。所属はFC東京だが、この夏から千葉に期限付き移籍した
古巣・長崎と相対する幸野。所属はFC東京だが、この夏から千葉に期限付き移籍した【宇都宮徹壱】

 試合前の選手紹介。まずは長崎のスターティングイレブンの名前が読み上げられる。GK大久保択生とMF深井正樹のところで、千葉サポーターから拍手が起こった。いずれも昨シーズンまで千葉でプレーしていた選手である。とりわけ深井については、加入した08年のいわゆる「ジェフの奇跡的な残留」(編注:17位で迎えたFC東京との最終節、2点ビハインドの残り16分から4ゴールを挙げる大逆転劇で勝利。残留を争っていたジュビロ磐田と東京ヴェルディがそろって敗れたため15位に浮上し、J2降格を免れた)での活躍や、巻誠一郎(現ロアッソ熊本)との凸凹ツートップで大いにゴール裏を沸かせた男である。当人も長崎のユニホームを来てフクアリのピッチに立つことに、ある種の戸惑いを感じているのではないか。


 一方、千葉の選手紹介では、MFの幸野志有人の名前に長崎のサポーターが反応。人数こそ少ないものの、こちらも温かい拍手が送られた。幸野もまた、昨シーズンまで長崎でプレーしていたのだが、もともとはFC東京の選手。期限付き移籍から戻ったものの、なかなか出番に恵まれず、今年の8月に千葉への期限付き移籍を決断して今回の古巣との対戦が実現した。


 長崎サポーターにとっての幸野は、まさに美しい思い出の象徴である。晴れてJ2に昇格して1年目の昨シーズン、「ミスターV・ファーレン」原田武男の背番号14を受け継ぐと、ゼロトップのFWとして活躍。チームのJ1プレーオフ進出(6位)に大きく貢献した。ちなみに昨年の千葉戦では、ホームで1ゴール1アシスト、アウェーで1アシストと大車輪の活躍をしており、千葉のサポーターにとってはいまいましい存在に映ったことだろう。


 そんな幸野は、リオ五輪世代の21歳。JFAアカデミーの第1期生で、2010年に弱冠16歳でFC東京とのプロ契約を果たす(アカデミーは途中卒校)。その後、出場機会を求めて、毎年のようにJ2クラブに期限付き移籍を繰り返した。11年は大分トリニータ、12年は町田ゼルビア、13年が長崎で今年が千葉。しかし千葉では選手層の厚さに阻まれ、リーグ戦でのスタメン出場は1試合にとどまっていた。プレーヤーとして危機感を抱いていた時に実現した、天皇杯での古巣との対戦。チームで最も大きな背番号33を与えられた若者は、かつてのチームメートを相手にどんなプレーを見せてくれるのだろうか。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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