幸野志有人、サッカー人生を懸けた古巣戦=天皇杯漫遊記ラウンド16 千葉対長崎

宇都宮徹壱

「イージーなミス」で追いつかれた長崎

長崎との激闘を制してガッツポーズの幸野(33番)。得点には絡めなかったが120分間走り切った 【宇都宮徹壱】

 先制したのは長崎。前半10分、古部健太の右からのクロスに、ファーサイドに走り込んできた小松塁が190センチの長身を生かしたヘディングシュートを放ち、そのままゴールに吸い込まれる。千葉に対してまったく苦手意識を持たない長崎は、これでいっそうの心理的アドバンテージを得ることとなった。長崎は、攻撃時は3−4−2−1だが、相手の攻撃を受けると5−4−1にシフトして分厚いブロックを形成する。前半、4−2−3−1のトップ下で起用された幸野は、後方からのパスが寸断された上にサイドやワントップにボールが収まらず、ほとんど印象に残るプレーを見せないまま前半を終えた。

 ハーフタイム、千葉のベンチは左MFのジャイールに代えて町田也真人を投入する。交代の意図について関塚隆監督は「(相手のブロックが)5−4になった時には、その5枚と4枚の間でボールを受けられるプレーヤーというものが必要になった」と説明している。2列目の並びは、町田がトップ下に入り、幸野は左にスライドした。その町田が、いきなり大仕事をやってのける。後半キックオフの直後、田代真一が自陣からロングフィードを供給し、前線のケンペスが頭で落としたところを、走り込んできた町田が左足で直接ネットを揺らす。ホイッスルが鳴ってから15秒、まさに「秒殺」である。

 この失点について、長崎の高木琢也監督は「あれはイージーなミスだった」と、絶望的な表情でぼやいていた。だがそれ以上に、この日の千葉は、勝利に対して実に貪欲だった。「(長崎に)苦手意識を持っちゃいけない。自分たちは戦えるんだというところを示そうという話は(選手たちに)しました」という関塚監督の言葉を体現するかのように、後半の千葉は「奪ったらとにかく縦へ」という意識を徹底させていた。対する長崎は守勢に回りながらも、相手の勢いに臆することなく厚みのある守備ブロックで対抗。結局90分でも決着がつかず、試合は延長戦に突入する。

 延長戦に入ると、幸野はポジションを右MFに移し、旺盛な運動量で主に守備面で貢献していた。当人としては、やはり攻撃面でアピールしたいという思いはあったはずだ。しかし、前半にチームに貢献できなかったことを踏まえ、後半以降はもっぱら黒子(くろこ)に徹する働きを見せていた。そして迎えた延長後半5分、千葉は左サイドでのパス回しからケンペスが抜け出し、GK大久保との1対1の局面を迎える。大久保はケンペスのシュートにスライディングで対応したものの、左足に当たったボールはそのままゴールに吸い込まれていく。結局これが決勝点となり、千葉が2大会ぶりのベスト8進出を果たした。終了のホイッスルが鳴った直後、背番号33がガッツポーズしている姿が見える。得点には絡めなかったものの、120分間走り切ったという自負が、その背中から強く感じられた。

幸野のさらなるステップアップに期待する

千葉を2年ぶりにベスト8に導いた関塚監督。就任以来、公式戦では1敗しかしていない 【宇都宮徹壱】

 久々に千葉の試合を現地で見て強く実感したのは、関塚体制になってからの勝負強さである。苦手な長崎に勝利したことが象徴的だが、就任前の21試合で7敗して2桁順位に落ち込んでいたチームを8位にまで押し上げ、ここまで公式戦で1敗しかしてない手腕は見事というしかない(編注:リーグ戦、天皇杯合わせて5勝6分け1敗。PK勝ちは引き分けに含める)。試合後の会見で「就任以来、チームに何を植え付けてきたのか」という質問に対し、関塚監督はこのように述べている。

「本当の技術というものは、今日の試合のようにいろいろなプレッシャー、圧力がある中でも生まれてくるものだと思う。自分たちが仕掛けていくところで、本当の技術だったり精度だったり、そういったものを求めています」

 その意味で今日の幸野は、前半においてはおよそ及第点とは言い難い出来だった。当然、本人もその点については十分に自覚しており、このようにコメントしていた。

「前半は攻撃がうまくいかなかったと思います。連動性がなかったと思うし、前にボールが入らなかったので。長崎のプレスを一番受けやすいボールの回し方をしていました。後半、(町田)也真人くんが入ってからは自分も近くでプレーできるようになって、前にパスが入るようになりました」

 その一方で、120分間フルでプレーしたことで密やかな自信も生まれてきたようだ。

「千葉に来てから自分らしい、いいプレーができていなくて、ここで結果を出さないといけないと思ってやっていました。ここで試合に出られなかったら、自分のサッカー人生は終わりだという気持ちでいたので、この試合に懸ける気持ちは強かったです。自分の中で満足いくプレーは全くできていなかったけど、それでも気持ちの部分を見せるプレーはできたかなと思っています」

「自分のサッカー人生は終わり」というのは、いささか大げさなような気がしないでもない。この言葉の真意について、彼の父親であり、サッカー・コンサルタントの肩書を持つ幸野健一さんはこう説明する。

「夏のウィンドウでジェフさんからオファーをいただいたときも、相当本人は悩んだと思います。もちろんジェフの中盤は素晴らしいメンバーがそろっているわけですが、やはり求められるところに行って試合に出たかったんだと思います。ただ、出場機会がなかなか得られない状況で迎えた今日の試合でしたから、ここでブレークできなかったら残りのリーグ戦で活躍する可能性は低くなる。本人も当然、そう考えていたでしょうね」

 古巣との対戦については「あまり意識していない」と語る幸野だが、最後にチームメートとマッチアップした印象について聞いてみた。すると「よく走る、いいチームだと思いました。自分も高木監督のおかげで、これだけ走れるようになりましたし(笑)」と笑顔で答えると、足早にバスに向かっていった。

 思えば幸野は、移籍した先で必ず良き指導者に恵まれ、そのたびに財産を得てステップアップしてきた。大分では田坂和昭監督の指導のもとアグレッシブなボランチとして開眼し、町田ではオズワルド・アルディレス監督と出会ってビルドアップのセンスを磨き、そして長崎では高木監督にしごかれながら豊富な運動量を身につけた。果たして千葉の関塚監督からは、どのような要素を学んで、どう成長してゆくのだろうか。今後の千葉の戦いぶりとともに、注目していくことにしたい。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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