錦織、出場危機から奇跡的快進撃 真夜中の死闘を制して全米8強入り

山口奈緒美

非現実的なシチュエーション

ラオニッチとの真夜中の死闘を繰り広げた錦織。ツアー屈指のサーバーとリターナーのフルセットの攻防を制した 【写真:アフロ】

 これまで数々のナイトマッチを見てきた。グランドスラムの中でナイトセッションがあるのはこの全米オープンと全豪オープンのみ。地元選手の試合が入ることが多いせいもあるだろうが、時に深夜に及ぶナイトマッチは大会のハイライトを生んできた。朝の4時すぎまで戦った選手もいる。観客たちと深夜のハイタッチで歓喜した選手もいる。

 深夜1時、2時を過ぎてもそこに残る観客には特別な思いがあるからであって、その感情を体中に受け止めながら戦う選手との間には強烈な一体感が生まれる。かなりアルコールがまわっている人が多いことも関係しているかもしれない。夜の死闘を演じた選手たちの口から「アドレナリン」という言葉がよく聞かれるのは、世の中が寝静まる時間帯に肉体と精神のレベルを限界まで引き上げ、エネルギーが充満した空間の中心に立っているという、非現実的なシチュエーションのせいだろう。そうした試合に胸を熱くしていたとき、まさか将来、日本の男子選手がその主役になる日がこようとは想像もしなかった――。

過去の対戦は錦織の2勝1敗

ラオニッチは錦織の強さについて「足の速さが彼の一番の武器」と脱帽 【写真:アフロ】

 現地時間1日に行われた錦織圭(日清食品)とミロシュ・ラオニッチ(カナダ)の4時間19分に及ぶ激闘の目撃者は、2万人入りのスタジアムにあって2000人ほどしかいなかったが、それでも彼らの記憶にいつまでも焼き付くだろう。4−6、7−6、6−7、7−5、6−4。10代の頃から「ポスト・ビッグ4」としての呼び声高い24歳と23歳の対決、ツアー屈指のサーバーとリターナーのフルセットの攻防は、試合が進むにつれて白熱した。
 立ち上がりからやや硬くミスが目立った錦織が本来の錦織に戻るにつれて、といった方がいいかもしれない。終盤は錦織本人が、「自分から攻めまくっていて、ショットも有効に決まった。やっといつものプレーが出だした」という満足の内容で、スタミナ切れどころか上昇曲線の中の終止符となった。

 ラオニッチは錦織の強さについて「足の速さが彼の一番の武器。ボールを捉えるタイミングがとても早い。他の選手が体勢を崩すような場面でも、彼はしっかり自分から打てるポジションを保っている」と話した。それは8年前に試合で訪れたIMGアカデミーで初めて錦織を見たときに抱いた印象のままだという。
 そのスピードを武器に錦織は子供の頃から奇想天外なプレーを繰り広げ、天才的なショットメーカーとしてプロツアーの階段を駆け上がってきた。

 世界ランク6位のラオニッチにはランキングで先越され、ウィンブルドンで敗れたばかりでもあったが、過去の対戦は錦織の2勝1敗で、実力的にも錦織に勝機は十分あった。ただ、私たちを驚かせているのは、錦織が今大会の開幕ギリギリまで出場を迷うほどの状態であったことだ。この成功にはいくつかの偶然と必然が重なったことが考えられる。

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著者プロフィール

1969年、和歌山県生まれ。ベースボール・マガジン社『テニスマガジン』編集部を経てフリーランスに。1999年より全グランドスラムの取材を敢行し、スポーツ系雑誌やウェブサイトに大会レポートやコラムを執筆。大阪在住。

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