錦織、出場危機から奇跡的快進撃 真夜中の死闘を制して全米8強入り

山口奈緒美

いくつかの偶然と必然

4月のバルセロナOPは棄権したわずか1ヵ月後の復帰戦となったが、クレーコートでツアー初優勝を飾った 【写真:アフロ】

 まず、1回戦の対戦相手(ウェイン・オデスニック/米国)が世界ランク176位のワイルドカード選手というツキがあったことは間違いない。ランキングが低くても予選上がりはすでに試合を3つ勝ってきた勢いがあって怖い。その点ワイルドカードの方が戦いやすい。
 その1回戦で「自分でも驚くくらい調子が良かった」と言ったが、これは偶然ではないだろう。大会3日前にも「ポイント練習もほとんどしていないので不安だらけ」と言いながら、「とりあえず1回戦を勝って、あとは試合の中で試合勘を取り戻して行くという道に賭けてみる」と宣言し、それをその言葉通りにできたのは、長年取り組んできたフィジカルの強化と自信に深く関係しているに違いない。

 今年は、マイアミ・マスターズの準決勝を棄権したわずか1ヵ月後の復帰戦でクレーのバルセロナを制したことがあった。錦織が連戦で体のどこかに痛みを訴えると「またか」という印象を持たれがちだが、その指摘に唇を噛んで耐えたハードワークの結果は、少なくともケガからの回復力を向上させていることを証明した。「タフな試合のあとでも以前のように疲れや痛みが出なくなった」という実感は決して思い込みではない。

 2回戦では相手(パブロ・アンドゥーハル/スペイン)が肘痛で途中棄権した。これもツイていたが、錦織のプレーが相手の戦意を喪失させたという意味で、ツキだけの勝利ではない。1回戦のあと2日の間に錦織の試合勘はさらに戻ってきた印象だった。

 結局、この全米オープン出場に「賭けてみる」気になったのは、フィジカルに対する自信が増していたからではないだろうか。加えて、マイケル・チャンコーチの役割も欠かせなかった。錦織は「とても強い言葉で、絶対いけるということを言ってくれる。軽く洗脳してくる感じです」と冗談めかした表現でそのインスピレーションについて語ったが、敬虔なクリスチャンであり、175センチの体で世界2位まで上ったチャンは信心と努力の人である。技術のみならず、その精神的サポートは錦織にとって大きかっただろう。

準々決勝は4日午前4時以降

右足のけがを乗り越えて日本男子92年ぶりとなるベスト8進出 【写真:アフロ】

 3回戦は錦織が完全に復調したことを証明する内容だった。ツキでもなんでもなく世界ランク26位のレオナルド・メイヤー(アルゼンチン)にストレートで勝利。3試合の合計試合時間がちょうど5時間。ビッグサーバーでポイントを早く仕留めるラオニッチですら7時間44分かかっている。第1シードのノバク・ジョコビッチ(セルビア)は4時間半という短さだが、第2シードのロジャー・フェデラー(スイス)は5時間53分。グランドスラムで勝ち進むためには1週目でどれだけ体力を温存することができるか、という課題をクリアする1週目だったといえる。ラオニッチとの一戦に耐える体をそこで整えていた。

 ただ、一つ気になったことがある。ラオニッチ戦後の記者会見で例の「アドレナリン」について尋ねたときのこと。そういう類いのものを感じたかどうか聞いたのは、体の状態が少し気になったからだ。いくら好調を維持している大会とはいえ、病み上がりに4時間超はキツい。今や手術をした右足のことを言っているのではない。どんな選手も、ああいう試合では肉体の限界までそうと気付かないまま戦っていることがある。4時間もの間、ラオニッチの強打を受け続け、コートを走り回ったことによる疲労が心配だった。

「そうですね、後半は徐々に負けられないと思ってやってましたけど……まあ、いいや……」

 苦笑いしながら、錦織は途中で話を止めてしまった。それが何を意味していたのかはよくわからない。夜中の3時すぎに多くを語るのが面倒だったのか、そのまま話せば何か言うべきでないことを言ってしまいそうだったのか……。

 日本時間の4日午前4時以降の開始となる準々決勝。相手は今年の全豪オープン覇者で錦織が過去2敗しているスタン・ワウリンカ(スイス)だが、その試合で、あのうやむやな答えの意味を知ることもできるのかもしれない。もちろん、杞憂(きゆう)だったと笑える結果を期待したい。

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著者プロフィール

1969年、和歌山県生まれ。ベースボール・マガジン社『テニスマガジン』編集部を経てフリーランスに。1999年より全グランドスラムの取材を敢行し、スポーツ系雑誌やウェブサイトに大会レポートやコラムを執筆。大阪在住。

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