栄冠を勝ち取るため進化し続けたドイツ 大会前の不安を払拭し4度目の戴冠

中野吉之伴

「良くてベスト8」という声が多かった

延長の末にアルゼンチンを破り、4度目のW杯優勝を飾ったドイツ代表。大会前は活躍を不安視する声も多かった 【写真:ロイター/アフロ】

 リオデジャネイロの夜を花火が彩り、ドイツ代表の主将であるフィリップ・ラームが金色のトロフィーを高々と上げた。延長に入っても緊張感が途絶えない展開が続いたアルゼンチンとの決勝戦で、途中出場のマリオ・ゲッツェがまばゆいばかりの素晴らしいボレーシュートを決めてチームをワールドカップ(W杯)優勝へと導いた。

 見事に4つ目の星を手にしたドイツだが、大会前にこの優勝を信じていた人がどれだけいたことだろうか。ドイツ国内では準々決勝のフランス戦の勝利でようやく可能性を感じ、準決勝で開催国ブラジルを7−1で圧勝した後にはそれが確信へと変わり、メディアは一斉に「優勝するのは俺たちだ!」と騒ぎ立てた。

 大会前は不安ばかりが目についていた。主力選手のGKマヌエル・ノイアー、ラーム、サミ・ケディラ、バスティアン・シュバインシュタイガー、ミロスラフ・クローゼが所属クラブでの負傷で調整が遅れ、直前に行われたアルメニアとのテストマッチでは、好調だったマルコ・ロイスが左足首のじん帯部分断裂でW杯欠場となってしまった。本職FWがクローゼ1人というチーム作りを疑問視する声も多く、ドイツ国内では「良くてベスト8」という見方ばかりだった。

監督やスタッフの協力がチームを上昇気流に乗せた

トーナメントの中でチームが力を付けていったことは、レーブ監督(右)をはじめとするスタッフの協力も大きかった 【写真:ロイター/アフロ】

 そうした世論にドイツ代表は結果で応えてきた。ドイツは試合を重ねるごとに力をつけていくトーナメントチームとして有名だが、何のプランもなく勝ち進められるはずはない。グループリーグの相手はポルトガル、ガーナ、米国と、ただの強敵以上の難敵ぞろいだった。それを乗り切れたのは代表監督ヨアヒム・レーブだけではなく、さまざまなスペシャリストをそろえたスタッフの力が大きい。

 レーブはことあるごとに「負傷している選手は本戦では必ず本当の力を発揮してくれる」と発言していたが、その通りに調整し、コンディションを大会に合わせてくるのは並大抵のことではない。決勝戦直前でケディラはふくらはぎを痛め欠場したが、ノイアー、ラーム、シュバインシュタイガー、クローゼの4人はスタメン出場をし、主力としてチームを引っ張った。フィジカルスタッフの貢献は計り知れないほど大きい。

 メンタルスタッフも力を発揮した。大会直前にスポンサーのイベントで、プロドライバーが運転し、ユリアン・ドラクスラーとベネディクト・ヘーベデスが同乗していた車が、人身事故を起こしてしまった。ショックを受けた2人だったが、代表チームの心理療法士による早急なサポートのおかげで落ち着きを取り戻すことができた。チームが大会を通じて見せた落ち着きのあるパフォーマンスは彼らの働きなしでは語れない。

 そしてチーフスカウトのウルス・ジーゲンターラーは戦術サポートをしてレーブを支えた。ポゼッションサッカーを基軸にしているドイツだが、それだけを武器にするのは危険だった。高温多湿な気候的問題、そして対戦相手が守備的な戦術を取る可能性が高く、カウンター対策を練る必要があった。

 カウンター対策として、グループリーグ3試合と決勝トーナメント1回戦のアルジェリア戦ではセンターバック(CB)を4人並べる布陣で戦った。実験性が強いと見られたが、カウンター対策として重要になるのはパスの出しどころを潰すことと出されたボールに対するチャージ&カバーを徹底すること。
 ポゼッションと攻撃陣のポジションチェンジで相手守備をずらすことを攻撃のベースプランとし、ボールを失った場合はまず縦パスを出させないようにプレスを狙う。もし出されても後ろに位置する4枚でその起点を潰すようにした。スピードに長けた相手に突破を許す場面もあったが、驚異的な守備範囲を誇るGKノイアーのおかげもあり、しっかりと対処することができた。

決勝トーナメントでは各選手の特長が際立つ

試合を追うごとに調子を上げていったクロース(左)の成長は、中盤に安定感をもたらした 【写真:ロイター/アフロ】

 準々決勝のフランス戦からはケディラとシュバインシュタイガーのコンディションが完調したことで、2人をダブルボランチで同時起用できるようになった。レーブは2人をフルで使えるタイミングを我慢強く待ち続けていた。シュバインシュタイガーはアンカーの位置で危険なスペースを埋め、巧みなゲームメークで攻撃にリズムを与えた。ケディラは積極的な守備でボールを奪うと、何度も前線に顔を出し、攻撃にアクセントをつけた。
 そして試合を追うごとに調子を上げたトニ・クロースの成長が、中盤に安定だけではなく変化を加えた。ブラジル戦では前に出てくる相手の動きを外して、素早いダイレクトパス交換で相手を混乱に陥れ、不安定なプレーを見逃さずにプレスをかけて次々とゴールを演出した。

 そしてラームが右サイドバックにポジションを移したことでチーム全体の攻守のバランスは格段に飛躍した。CB4枚のときはビルドアップで手詰まりになることが多かったが、ラームが復帰してからは攻撃の起点が増えた。ボランチでプレーすることでプレーバリエーションがさらに増えたラームは、ただサイドに張るだけではなく、中に切れ込んで相手守備を動かし、ずれたスペースに入り込んだ味方にたびたび好パスを送っていた。

 1トップに復帰し、歴代W杯通算最多ゴールを決めたクローゼによるいぶし銀の活躍も光った。ボールを収めるポストプレーヤーとして起点を作り、相手DFの意識が彼に向くことで、トーマス・ミュラーの幅広い動きを引き出した。ミュラーは動きながらスッと得点のチャンスになるところに入り込むのがうまい。クローゼとの相性は抜群で、ブラジル戦の2点目のようにイメージの共有からスペースを作り、生かすコンビプレーで何度も好機を演出した。そして忘れてはならないのが彼らの前線からのアグレッシブに相手を追い込む守備。パスの出しどころをうかがう相手ボランチやCBが落ち着いてボールを持つことができないほどのプレッシャーを与えて、守備陣を助けていた。

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著者プロフィール

1977年7月27日秋田生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成層指導のエキスパートになるためにドイツへ。地域に密着したアマチュアチームで経験を積みながら、2009年7月にドイツサッカー協会公認A級ライセンス獲得(UEFA−Aレベル)。SCフライブルクU15チームで研修を積み、016/17シーズンからドイツU15・4部リーグ所属FCアウゲンで監督を務める。「ドイツ流タテの突破力」(池田書店)監修、「世界王者ドイツ年代別トレーニングの教科書」(カンゼン)執筆。最近は日本で「グラスルーツ指導者育成」「保護者や子供のサッカーとの向き合い方」「地域での相互ネットワーク構築」をテーマに、実際に現地に足を運んで様々な活動をしている。

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