W杯で見えた日本人が共有すべき課題 世界で勝つための「フィジカル」とは?

鈴木智之

正しい「フィジカル」の認識とは?

日本のW杯での戦いは1分け2敗、得点2、失点6で終わった。その敗因を「フィジカル」という言葉で逃げてはいけない 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 1分2敗、得点2、失点6でワールドカップ(W杯)グループリーグ敗退。ブラジルの地で、サッカー日本代表は厳しい現実をつきつけられた。国際大会で敗れると、常套句のように「日本の選手はフィジカルが弱い」や「個の力が足りない」という声があがる。これらの指摘はもっともなようで、なんら具体的ではない。なぜなら、フィジカルや個の力という言葉の解釈は、人によって異なるからだ。

 J1ヴァンフォーレ甲府のフィジカル・コンディショニングコーチを務める谷真一郎は言う。
「フィジカルには身長、体重、筋力、アジリティ(敏しょう性)、コーディネーション(身体の使い方)など、さまざまな要素があります。日本の選手はどの能力を高める必要があるのか。これを正しく理解し、育成年代からトレーニングしていかないと、国際大会で負けるたびに『日本の選手はフィジカルが弱い』で終わってしまいます。初めて日本がW杯に出場してから、次のロシア大会(2018年)で20年になります。フィジカルに対する正しい認識がなされないと、次のW杯でも同じことの繰り返しになってしまうおそれがあります」

「スピードがない」にも理由はさまざま

J1ヴァンフォーレ甲府のフィジカル・コンディショニングコーチを務める谷真一郎 【イースリー】

 今大会、日本は守備面で後手を踏むことが多かった。コートジボワール、コロンビア戦の失点場面の多くが、相手のスピードの変化についていくことができず、余裕をもった状態でシュートを打たれていた。日本の選手は、相手チームの誰がどのポジションにいて、どう動こうとしているかという『認知』の精度が低いため、動き出しのスピードで遅れをとるシーンも目立った。

 走力で劣る日本の選手は、動き出しの速さ、プレーの予測、認知といった部分で補う必要がある。そこを理解せずに、短絡的に『フィジカル』に原因を求めていては進化を望めない。谷が言う。
「人間の身体は、脳からの指令で動きます。日本の選手は、いつ・どこへ・どのタイミングで走るかという、適切な判断ができていたのでしょうか。その上でスピードがない、1対1が弱いという課題があるのであれば、なぜ遅いのか、どうすれば速くなるのかを知り、トレーニングをする必要があります。一言で 『スピードがない』といっても原因はさまざまです。力んで走っているからスピードが出ないのか、あるいは重心より前方に足をついているので、ブレーキがかかった状態になり、遅くなっているのか……。球際の競り合いが弱いのであれば、どうすれば強くなるのか。単純に筋肉量が少ないのか、身体を当てるトレーニングをしていないのかなど、育成年代から、どのように取り組めばいいのかを突き詰めることが大切だと思います。これは、日本代表選手だけの問題ではないのです」

ハメス・ロドリゲスのダメ押し弾に見た日本DFの弱点

吉田(左)の身体の状態を見極め、動きを翻弄して得点を奪ったハメス・ロドリゲス(右) 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 谷は、多くの日本の選手にとって改善の余地のあるポイントを挙げる。
「まずは走る部分です。具体的には方向を変える動作、ターンのスピード、相手に寄せに行くスピードなどです。今回のW杯では、日本の選手がボールを奪おうと寄せに行っても簡単にあしらわれたり、スピードで振り切られる場面が目につきました」

 分かりやすい例がある。コロンビア戦でハメス・ロドリゲスに決められた4点目だ。谷が解説する。
「まず、19番のアドリアン・ラモス選手に対して、今野(泰幸)選手が対応に行くのですが、相手との距離が遠く、腰を落としすぎているので視野が狭くなり、次のプレーにスムーズに移ることができていませんでした。通常、相手に対応するときは重心を下げすぎずに、背中を伸ばして視野を確保し、前後左右、どちらにでも対応できる状態で構える必要があります。今野選手は重心を低くしすぎて、ボールばかりを見ていたので、相手との距離が遠く、プレッシャーを与えることができていませんでした」

 谷によると、「肩、ひざ、足の裏の拇指球(親指の付け根の膨らんだ部分)が一直線にある状態が、どの方向へも動きやすい構え」だという。その観点でJ・ロドリゲスを見ると、パーフェクトなボールの持ち方である。背筋がピンと伸びて顔が上がっているので、「日本の選手とは、見えている範囲が違う」(谷)と言う。

 実際に、アドリアン・ラモスからのスルーパスを受けたJ・ロドリゲスは、プレスに来る吉田麻也の身体の向き、姿勢を見て、対応しにくい方向へとボールを持ち出し、素早く切り替えして翻弄(ほんろう)。鮮やかにシュートを流し込んだ。
「スルーパスに反応した吉田選手は気持ちが急いでいたのか、上半身が前方へ傾き過ぎて、足が重心の後ろへと流れていました。この走り方では足の裏でしっかりと芝を捉えることができず、地面反力を使うことができないので、スピードに乗ることができません。そして、J・ロドリゲスに対して、横を向いたまま寄せていったので、背中側に切り返されてしまい、対応することができませんでした。攻撃においても守備においても、いかにして、次のプレーに対応できる状態で相手と対峙するか。それが1対1の強さに必要な要素なのです」

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著者プロフィール

スポーツライター。『サッカークリニック』『コーチユナイテッド』『サカイク』などに選手育成・指導法の記事を寄稿。著書に『サッカー少年がみる みる育つ』『C・ロナウドはなぜ5歩さがるのか』『青春サッカー小説 蹴夢』がある。TwitterID:suzukikaku

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