“シャラポワ2世”の夢はかなわず 新たな誓いを胸に刻んだブシャール
試合時間わずか55分……あまりに強かったクビトバ
持ち前の攻撃テニスで快進撃を見せていたブシャール。しかしこの日のクビトバは、あまりに強かった 【Getty Images】
しかし決勝で対したこの日のクビトバは、あまりに強かった。3年前の同大会チャンピオンは、「自分でも驚いた」と認めるほどの圧巻のパフォーマンスで、立ち上がりから若い挑戦者を圧倒する。ブシャールに、初の大舞台に立つ者特有の緊張感や堅さは見られなかった。自分のテニスを信じ、攻めの姿勢を貫いたが、その上を行く相手のプレーに次々ポイントを失っていく。1万5千人の観客の多くはブシャールの側についたが、その声援も徐々に落胆のため息に変わっていった。試合時間は、わずか55分。勝者がコート中央で誇らしげに観客に手を振る間、ブシャールはベンチに腰を沈め、うつむきジッと地面を見つめていた。
胸に刻んだ新たな誓い
コート上でセレモニーの準備が進む間、彼女は案内された部屋の椅子に腰をかけ、ジャケットを肩に羽織る。そうしてふと顔を上げてみると、そこは、優勝者の名を彫る彫版工の部屋であった。彼女がこうべを垂れるその目の前で、彫刻師たちは生まれたばかりの新女王の名を、プレートに淡々と刻んでいく。それは、きらびやかなウィンブルドンの格調を支える裏の顔であり、安易なフェアリーテイルやお姫様物語とは相いれない、リアルで残酷な世界である。
「いつの日か……私の名前をここに書いてやる」
表彰式が始まるまでの数分間、表からは見えぬ一室で、彼女は新たな誓いを胸に刻む。
彼女は、“シャラポワ2世”でも“プリンセス・ユージェニー”でもない。アイルランド系の血を引く世界7位のカナダ人テニスプレーヤー、ユージェニー・ブシャール。その名は近い将来、オールイングランド・ローンテニス&クローケクラブの、優勝者プレートに刻まれることだろう。