錦織圭、敗戦の弁ににじむ無念 全英OPの悔しさを最大の財産に

内田暁

試合後に漏れた嘆きの言葉

ベスト8進出を目指した錦織だったが、1歳年少のラオニッチに屈した 【写真は共同】

「どうしようもない――」
 それが、錦織圭(日清食品)のコーチであるダンテ・ボッティーニが試合直後に口にした言葉であり、会見で錦織本人も漏らした嘆きであり、そして、試合を見ている者にも共通した思いではないだろうか。

 ウィンブルドンのベスト8に向けた錦織の挑戦は、1歳年少のマイロス・ラオニッチ(カナダ)によって阻まれた。6−4、1−6、6(4)−7(7)、3−6のスコア、試合時間は2時間27分。トータルポイント数は錦織の102に対して、相手は125。そのうち35本をサービスエースで奪われ、サーブ&ボレーによる失点も12を数えている。これらの数字からも明らかなように、ラオニッチの最速141マイル(時速約226キロ)を記録したサーブへの対応策を、錦織は最後まで見つけることができなかった。

最高のスタートと思われた第1セット

「苦手なタイプは、ビッグサーバーで仕掛けも早い選手。ラオニッチなどは嫌ですね」
 錦織がそのように口にしたのは、クレーシーズンで快進撃を見せていた今年5月のことである。過去の対戦成績は2勝0敗とリードしていたにもかかわらず、錦織の中には、この196センチのカナディアンへの警戒心が、心の片隅に潜んでいたようだ。その潜在的な苦手意識が、サーブの威力が最も生きる芝のコートでの初対戦で、膨らみ上がっていても不思議ではない。

 だがそうは言っても、この対戦に負の記憶を持ち込んだのは、2連敗中のラオニッチの方だろう。
 そのラオニッチのサーブから始まった3度目の対戦は、いきなり錦織のリターンが火を噴いた。オープニングサーブは時速135マイル(約217キロ)を計測したが、錦織が右腕を一閃すると、乾いたインパクト音を残してボールはラオニッチのコートに刺さる。長身のラオニッチは、芝を滑るように低く速く返ってくる錦織のリターンに手を焼いた。得意のはずのフォアの強打は、ことごとくネットをたたくかラインを割っていく。第1ゲームは、3度のデュースの末に錦織がキープ。これ以上望むべくもない、最高のスタートであった。

 その後、自分のサービスゲームをキープし続けた錦織が、第1セットを先取する。相手のエースは10本を数えたが、一旦ラリー戦に持ち込めば、錦織が25対7とポイント獲得率で圧倒した。打ち合いでは、明らかに錦織が上。第1セットが終わった時、多数の日本人がつめかけた第3コートには、錦織勝利への既定路線が確立したかのようなムードが漂った。

錦織得意のラリー戦に持ち込めず

 だが、そのような周囲の視線とコートに立つ当人の皮膚感覚には、大きなかい離が存在したようだ。狙い通りに奪った第1セットではあるが、そこには、相手の追い上げにつながるいくつかの伏線が潜んでいた。実は第1ゲーム以降、錦織は相手のサービスゲームで6ポイントしか奪えず、反比例するようにラオニッチのエース数は増えている。

「130マイル(約209キロ)のサーブがセンターに決まれば、物理的に返すのは難しい。コースを読んで先に動いていたけれど、8割方は逆に来た」
 試合後に錦織は、伏し目がちにそう告白する。「最初のゲーム以外は、ほとんど相手のサーブが読めなかった」と言い、その最初のゲームも「たまたま当たっただけ」だと潔く認めた。

 第2セットに入ると、錦織が抱いたそのような不安や違和感は、スコアに反映され誰の目にも明確に示される。ラオニッチは、130マイルを超えるサーブをライン上にたたき込んだかと思えば、時には威力を抑えたスライスサーブを左右に打ち分けてくる。錦織は、経験と頭脳を頼りにコースを読んで先に動くが、それが外れたときには、ボールを見送るほかになかった。

 こうなってくると勝敗の行方は、いかにコースを読んでサーブを返せるかに委ねられ、縦11.89メートル横8.23メートルの空間をどう用いてポイントを取るかという本来のテニスとは、性質の異なるゲームと化していく。

 今年の全豪オープンで地元メディアに「折り紙のように、一枚の紙が優れた工芸品に変身する」と称賛された錦織圭のテニスとは、勝利やウイナーという終着点から逆算して、多彩で繊細なショットを精緻に重ねるプロセスの連続である。だが一発必中のサーブが相手では、継続性や因果性は分断され、終着点まで到達できない。今大会の初戦でも、ビッグサーバー相手にまともにラリー戦ができなかった錦織は、快勝にもかかわらず「つまらない試合だった」との嘆きを漏らしている。遊び心の詰まったテニスができなければ、集中力を保つのは難しい。

1/2ページ

著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント