ホンジュラスの忘れてはいけない負の歴史 ナショナリズムを反映したサッカーと戦争

池田敏明

わずか4日間で2000人以上の戦死者……

“サッカー戦争”でホンジュラスとエルサルバドルは大きな傷を負った。現在は“健全なライバル関係”を築いており、サポーターは純粋にプレーを見て熱狂する 【写真:Action Images/アフロ】

 69年6月8日に行われた第1戦は1−0でホンジュラスが勝利、同12日の第2戦は0−3でエルサルバドルが勝利して1勝1敗(得失点差は関係なし)。勝敗はプレーオフに持ち越されることとなった。第1戦でホンジュラスが勝利した後、悲観したエルサルバドル人女性が拳銃自殺するという痛ましい事件が発生し、第2戦終了後にはホンジュラス在住のエルサルバドル人が襲撃される事件も多発したため、エルサルバドル政府は23日に国家非常事態を宣言。26日にホンジュラスとの国交断絶を宣言すると、翌27日にはホンジュラスからも国交断絶宣言がなされ、開戦は不可避な状況へと突入していった。

 7月に入ると両国の空軍機による爆撃の応酬や陸軍同士の交戦が相次ぎ、14日にエルサルバドル軍の侵攻開始によって遂に本格開戦。サッカーの試合が引き金となり、本物の戦争が始まってしまった。地上戦を優勢に進めたエルサルバドル軍がホンジュラスの首都テグシガルパを攻略する可能性もあったが、米州機構(OAS)などの仲介によって18日22時に停戦が成立した。戦争状態にあったのはわずか4日間だったため「100時間戦争」という呼ばれ方もされるが、戦死者は両国合わせて2000人以上と見積もられており、ホンジュラス、エルサルバドルともに大きな傷を負った。

 ちなみに、W杯予選のプレーオフは両国の国交が断絶した6月27日、中立地メキシコのエスタディオ・アステカで、メインスタンドとバックスタンドに両国のファンを完全分断して収容する形で実施された。この試合ではエルサルバドルが3−2と勝利して決勝へと駒を進め、ハイチとの決勝でもプレーオフの末に相手を下し、W杯初出場を成し遂げている。

 両国の代表チームは同年の北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)チャンピオンシップこそ失格扱いとなったが、すぐに国際舞台に復帰。80年11月23日、CONCACAFチャンピオンシップの中米地区予選で約11年ぶりの直接対決が行われ、この時はエルサルバドルが2−1で勝利。1週間後の試合ではホンジュラスが2−0で雪辱を果たした。翌81年11月に行われた同大会の決勝ラウンドでは、ホンジュラスが1位、エルサルバドルが2位となった。この大会がW杯予選を兼ねていたため、両者は82年スペイン大会でW杯同時出場を成し遂げている。

現在は“健全なライバル関係”を築く

 現在の両国は、“健全なライバル関係”という言葉が適切だろう。W杯予選で対戦する際、スタンドから悪意に満ちた罵声や怒号が飛び交うことはない。同じように国境問題などを抱え、70年代後半から80年代前半にかけて戦火を交えたペルーとチリの場合、いまだに相手への嫌悪感が根強く、試合はかなり荒れ模様になる。しかしホンジュラスとエルサルバドルの場合、両者の実力差が開いたこともあってギスギスした雰囲気はなく、観客は選手たちの一挙手一投足を見て純粋に熱狂する。現在の彼らがライバル視し、敵愾心(てきがいしん)をむき出しにするのは、国力でもサッカーの実力でも上を行く米国やメキシコだ。この両国と対戦する時、スタジアムは異様な盛り上がりを見せ、勝利を収めた時には歓喜が爆発する。

 98年のW杯フランス大会以降、本大会出場国が24から32に増え、北中米カリブ海地区には3〜3.5枠が与えられることになった。それ以前は米国、メキシコが出場権を独占することが多かったものの、その他の国にもチャンスが広がり、ホンジュラスはこの絶好の機会をうまくつかんだと言えるだろう。元々、身体能力が高くてフィジカルの強い選手が多く、カルロス・パボンやダビド・スアソのように欧州で活躍する選手も何人かいたが、近年はイングランドやスコットランドに進出する選手が増え、彼らのフィジカルを生かしたプレースタイルがより洗練されるようになり、代表チームのレベルも一気に上がった。

 かつては「ホンジュラス=サッカー戦争」だったが、そのイメージは払拭(ふっしょく)されつつある。負の歴史は決して忘れてはいけないが、W杯の常連になりつつあるホンジュラスの未来は明るいはずだ。

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著者プロフィール

大学院でインカ帝国史を研究していたはずが、「師匠」の敷いたレールに果てしない魅力を感じて業界入り。海外サッカー専門誌の編集を務めた後にフリーとなり、ライター、エディター、スペイン語の翻訳&通訳、フォトグラファー、なぜか動物番組のロケ隊と、フィリップ・コクーばりのマルチぶりを発揮する。ジャングル探検と中南米サッカーをこよなく愛する一方、近年は「育成」にも関心を持ち、試行錯誤の日々を続ける

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