“ホーム”のため祖国と戦うエドゥアルド クロアチア代表ストライカーの特別なW杯

開幕戦で開催国の祖国と対戦

クロアチアは開幕戦でブラジルと対戦。エドゥアルドは祖国で開催されるW杯で、祖国の代表チームと対峙することになる 【Getty Images】

「ハートはクロアチアと共にある」

 2005年8月17日、クロアチアのスプリトで行われたクロアチアとブラジルによる国際親善試合は1−1の引き分けに終わった。試合後、とある22歳のブラジル人がスタジアムの廊下を歩いていた。彼はアウェーチームの控え室を訪れて、ブラジル代表の選手からサインを貰おうとしていた。実は、彼もこの試合に出場していた選手。彼こそクロアチア代表ストライカー、エドゥアルド・ダ・シウバだ。ブラジル生まれながら既に6年間もクロアチアに住んでいたエドゥアルドは、04年にクロアチアの市民権を取得し、第二の故郷の代表チームでプレーする道を選んだ。エドゥアルドはスプリトの試合で、ブラジル代表監督からユニフォームを貰い、カフー、ロベルト・カルロス、ロナウドといったワールドカップ(W杯)優勝メンバーの元を訪れた。そして全選手からサインを貰ったのだ。大切な記念品として家に飾るために。そして迎えた14年W杯ブラジル大会、エドゥアルドは12日(現地時間)の開幕戦で再びブラジル代表とあいまみえる。今回は、試合後のサインが目的ではない。

 今のサッカー界では、帰化した選手が祖国や自分のルーツとなる国と対戦するのは珍しい話ではない。前回のW杯南アフリカ大会では、ドイツ代表のジェローム・ボアテングが母国ガーナと対戦した。それどころか、兄のケビン・プリンス・ボアテングと敵同士で戦った。その他にも、06年のW杯ドイツ大会では、ポーランド生まれのミロスラフ・クローゼとルーカス・ポドルスキがドイツ代表としてポーランドと対戦したこともあった。

 しかしエドゥアルドのケースはまれだろう。彼は、祖国で開催されるW杯で、祖国の代表チームと対峙するのだ。確かにエドゥアルドは、もうクロアチア代表の主力ではない。既にピークを過ぎた選手ともいえる。だがW杯を間近に控えたここ数カ月間、エドゥアルドにはマスコミの取材が殺到しており、その対応に追われている。そして幾度となく同じ質問に応えてきた。サンパウロでのブラジル対クロアチアをどんな気持ちで迎えるのかと。

人生の半分をクロアチアで過ごす

「もちろん、私にとってはある意味で特別な試合になる」とエドゥアルド。「ブラジルや他のマスコミも私のことを報じている。一番複雑な気分になるのは、試合前のセレモニーだろうね。選手たちが整列して国歌が流れるときさ。だけど試合が始まってしまえば、いつもの試合と同じでプレーに専念できるよ。スタメン出場していればね。どちらにしろ、私は15年もクロアチアにいるからね。人生の半分さ。プロになったのはブラジルを離れてからだし、ブラジルの人とも少し疎遠になっている。だからブラジルに帰国したときは、あまり“ホーム”という感じがしないんだ。母や兄弟、旧友と会えるのはうれしいけど、今や私の“ホーム”はクロアチアなんだ。それが現実さ。私はクロアチア代表のために必死で戦うだけだ。クロアチア代表が練習試合でクロアチア3部リーグのクラブと試合をするとき、そのクラブの選手たちはクロアチア人だけど代表チーム相手に必死で戦う。それと同じようなものさ。私にはプロ意識があるし、常に勝利を目指すだけだ。コンピューターゲームのサッカーでさえ、絶対に負けたくないからね!」

 エドゥアルドは、自分の境遇を知るブラジルのファンからも、特に批判的な反応は起こらないだろうと考えている。「ファンは私のことを知っているはずさ。私がブラジル人だということを。でも私のハートはクロアチアと共にある。もし私が(アトレティコ・マドリーの)ディエゴ・コスタと同じ状況ならば、話も違っていただろう。彼はブラジル代表に招集されながら、それを断ってスペイン代表を選んだのだからね」

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著者プロフィール

1961年2月13日ウィーン生まれ。セルビア国籍。81年からフリーのスポーツジャーナリスト(主にサッカー)として活動を始め、現在は主にヨーロッパの新聞や雑誌などで活躍中。『WORLD SOCCER』(イングランド)、『SID-Sport-Informations-Dienst』(ドイツ)、日本の『WORLD SOCCER DIGEST』など活躍の場は多岐にわたる

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