「トップ10」が証明する錦織圭の進化

内田暁

サーブ改善の陰に新コーチの存在

ナダル戦ではでん部の痛みなどで途中棄権した錦織(写真左)だが、これまで長期離脱なく戦い抜いてきた 【Getty Images】

 もう一つの大きな改善点は、サーブ力だ。この日の錦織は、ナダル相手に、第1セットを6−2で奪い、第2セットでも4−3とリードするまで、一度もサービスゲームを落とさなかった。

 また、そのサーブが重要な局面で際立った。第2セットの第2ゲームでは0−40とされるも、そこからエースを含むサーブ3本で危機を脱している。また、第1セットの第2ゲームでも、ブレークの危機をサーブウイナーで切り抜けた。錦織の、今季ここまでの獲得エース数は124本。ちなみに昨年はシーズンを通して140なので、今年は既にそれに迫る勢いだ。

 このサーブ改善の最大功労者は、新コーチのマイケル・チャンだと錦織は語る。チャンには、コーチ就任直後から「トスの位置や打点を変えるよう指示を受けた」という。その成果は、先述の数字が何より雄弁に物語っている。
 また、数字には表れにくいが、バウンド後に大きくサイドに逃げていくスライスサーブも、今季は錦織の危機を何度も救ってきた生命線。錦織の関係者が「チャンも錦織と似た身長なので、打点や打つコースの指摘が合っているのだろう」と語っていたが、なるほど、確かにその側面は大きいだろう。錦織は、チャンをコーチに選ぶにあたり、アジア人という共通項は「特に意識しなかった」と言うが、チャンこそライバルとの体格差を、頭脳と努力で埋めてきた人だ。第一人者としての経験も含め、結果的にはチャンは、錦織にとってこれ以上望むべくもない適任者だったのだろう。

長期離脱なく戦い抜くタフさを証明

 トップ選手との連戦が続くと、その小柄な体が悲鳴を上げてしまうのは宿命であり、当人も、当然のように認識する大きな命題。ケガを防ぐための取り組みも大事な要素となる。だが、この点に関しても錦織は、一昨年より昨年、昨年よりも今年と、確実に成果を上げてきている。実際に、昨年はグランドスラムを含む出場規定18大会に出場し、今季はソニー・オープンやマドリッド・オープンで、上位選手相手に連戦で勝つ体力を示して見せた。

 ケガは錦織のみならず、男子のツアー選手誰もが抱える問題点。一昨年から昨年にかけて、ナダルは7カ月間もコートを離れ、昨年秋には、当時世界3位のアンディ・マレー(英国)も腰の手術で離脱した。最近も、現7位のフアン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン)が手首の手術を受け、2位のノバック・ジョコビッチ(セルビア)ですら手首の負傷でマドリッド欠場を強いられている。そのような過酷なツアーでこの数年間、自身と対戦相手のレベルは一足飛びで高まる中、錦織が長期離脱なく戦い抜いている事実は、もっと正しく評価されるべきだろう。

「もし痛みがなければ……。良いプレーができていたので、勝つチャンスはあったと思う。今日はケガがあったけれど、それでもこの大会で大きな自信を得ることができた」
 マドリッドでの本人のこの言葉を待つまでもなく、錦織はここまでの戦いで、多くのことを証明してきた。

 「10」は単なる数字上の区切りにすぎない。それでも「マジック・ボックス」の名を持つマドリッドのコートで越えたマジックナンバーは、昨年の魔物を打ち倒した分、今年は錦織を後押しする魔力になってくれるはずだ。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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