ノムさんが田中将大に教えた“原点能力”=メジャー成功を左右する恩師の助言
田中が満たしたエースの条件
「エースとしての自覚が足りないというのかな。投球数が100球になると、ベンチで私のそばに来るんです。無視するんだけど、そうするとボソッと『監督、限界です』と訴えてくる(笑)。その点では、マー君には本当の意味で、チームの大黒柱になれる素養があると感じました」
昨年の日本シリーズ第7戦。前日の第6戦で、160球完投しながら負け投手となった田中は、翌日もベンチ入りした。その姿にチームの士気は上がり、球団初の日本一に輝いたことは記憶に新しい。実際に田中は9回に登板し、胴上げ投手になった。野村監督は、その姿こそ真のエースだという。
2つ目の条件は「負けない投手」。昨年24勝0敗という驚異的な数字を残した田中が、「負けない投手」に成長したことは、今さら説明不要だろう。ただ、その成長の礎となったのは、野村監督の提唱する投手の“原点能力”であった。
「原点能力とは私が作った言葉なんです。よく『困ったら原点に帰れ』と言いますよね? では、ピッチングの原点は何かと考えたとき、それは、やっぱり外角低めじゃないか、と。外角低めは、すべての打者に共通する打てないコース。何を投げたらいいか分からないときは、原点の外角低めに投げればいい。そして、その原点があるからこそ、そこから外に変化するボールが有効になる。楽天時代、田中にも、原点能力については口酸っぱく言ってきました。きっと頭の片隅にたたき込まれていると思います」
3月2日(日本時間)、メジャー実戦デビューとなったフィリーズとのオープン戦。5回から登板した田中は、先頭打者のダーリン・ラフに対し、第1球目を外角低めに投げ込み空振りストライクを奪ってみせた。原点能力の教えは生きていた。
「困ったら外角低め、原点に帰ればいい」
「個人的には、中4日のローテーションで回ることを一番懸念しています。メジャーのことは、よく分からないけれど、岩隈や黒田(博樹)が通用しているなら、マー君もいけるんじゃないかと期待しています」
続く10日のオリオールズ戦でも、7回3失点10奪三振と力投。勝敗こそつかなかったが、心配された中4日での先発登板も無難にこなし、野村監督の期待に応えてみせた。
順調にメジャーでのキャリアをスタートさせた田中は、確実にヤンキースの先発ローテーションの核になりつつある。特に序盤で失点しながらも、粘って立ち直った初登板の内容は力強かった。初登板では先頭打者のメルキー・カブレラに抜けたスプリットを本塁打されるなど、1、2回は甘く入った変化球を痛打されたが、中盤から配球構成を速球主体に変更。野村監督のアドバイスで習得したツーシームも有効で、外角低めに決まるフォーシームは安定感抜群だった。
「外角低めのコントロールがあれば、メジャーだろうと日本だろうと、たとえ強打者が相手だろうと通用します。困ったら原点に帰ればいいんです」
世界に通じる原点能力――野村監督の野球人生最後の教え子・田中将大が、その教えをメジャーのマウンドで実践していく。
(文・田中周治)
田中周治
1970年、静岡県生まれ。東京学芸大学卒業後、フリーライターとして活動。週刊誌、情報誌などにインタビュー記事を中心に寄稿。また『サウスポー論』(和田毅・杉内俊哉・著)、『一瞬に生きる』(小久保裕紀・著)、『心の伸びしろ』(石井琢朗・著)など書籍の構成・編集を担当するほか、漫画の原作も手掛ける。
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