“大迫の穴”埋めずとも快進撃見せる鹿島 セレーゾサッカーの浸透が守備の安定生む

田中滋

横浜FMに先制されるも逆転で首位堅持

J1第5節・横浜FM戦は、21歳FW土居聖真(手前)が同点弾を決めると逆転に成功し首位を堅持 【Getty Images】

 3月29日に行われたJ1第5節の横浜F・マリノス戦、MF柴崎岳が3点目のゴールを決めると鹿島アントラーズのトニーニョ・セレーゾ監督は雄叫びを上げた。ベンチを飛び出し、メインスタンドで戦況を見つめていたサポーターに何度も何度もガッツポーズを示す。選手交代をすべて的中させる会心の逆転劇だった。

 前半の展開は決して狙ったものとは違っていた。相手の十八番であるセットプレーから先制点を許す苦しい展開。MF中村俊輔の左足から放たれた放物線はDF栗原勇蔵の強烈なヘディングで鹿島ゴールに突き刺さっていた。相手のやりたいサッカーをやられた45分だったにもかかわらず、後半は怒涛の3ゴールで逆転勝ち。先発に21歳以下の選手を多くそろえる布陣で、鹿島は首位を走っている。

 昨季、鹿島は5位でシーズンを終えた。最終節まで優勝の可能性を残す戦いを演じたが、得点力は高かったが失点の多さが足かせとなり、最後の対戦相手だったサンフレッチェ広島に完敗すると、それまでの3位からアジアチャンピオンズリーグ(ACL)出場圏外へと転がり落ちる屈辱を味わった。

 そこで今季は、得点力を維持しながら守備の改善に取り組むことが大きなテーマだった。しかし、シーズンオフにエースストライカーのFW大迫勇也がドイツブンデスリーガ2部の1860ミュンヘンに移籍。守備を見直すだけでなく、攻撃までも根本から構築し直す必要に迫られてしまったのである。

 しかも、大迫の穴を埋め合わせる選手の獲得に失敗。セレッソ大阪のFW杉本健勇にアプローチするも獲得にはいたらず、大迫の残した大きな穴がぽっかり空いたまま、シーズンインすることを余儀なくされた。結果、鹿島の苦戦は必至と見られていたのである。

 ところが、蓋を開けてみるとチャンスを得た若手選手が力を発揮してここまで4勝1敗とスタートダッシュに成功。4人から5人もの21歳以下の選手が先発する陣容は、ベテランを中心とした老獪(ろうかい)な戦略で勝ち星を拾う姿を過去のものとしつつある。

 大きな補強もなく、昨季とほぼ変わらない陣容で、なぜ快進撃を果たすことができたのだろうか。

1年間、守備面の基礎を徹底してきた

今季CBのレギュラーをつかんだDF昌子源(右)らを中心に守備の安定がうかがえる 【Getty Images】

 まず第一に言えるのがトニーニョ・セレーゾ監督のサッカーが、選手の頭の中で鮮明に描かれるようになったことが挙げられる。昨季1年間でたたき込んだイメージが、体に染みついてきた。特に顕著なのが守備の安定である。

 就任した当初から、このブラジル人監督は基礎的な練習の反復を選手に課してきた。最も特長的なのがDF陣に課す守備練習である。チームスタッフから「プロでこんな練習をしているのはうちくらい」とささやかれるほど、そのメニューは単純だ。

 クロスボールをヘディングで跳ね返し、そのセカンドボールを拾われDFラインの裏に出されたことをイメージして、連続して対応し大きくクリアを蹴り出す練習など、どれもシステマチックな練習からはほど遠い。しかし、単純だからこそ、無意識で反応できるようにすり込む必要がある動きである。そのため、短期間で意識下に埋め込めるはずもなく、1年間、徹底的に繰り返してきた効果が、ようやく出始めてきたと言える。

 現在、センターバックでレギュラーを組むのはDF青木剛とDF昌子源。2人とも速さと足元の技術には定評があるが、高さや球際の競り合いの頑健さは少し実績が物足りない。相手も警戒心を抱かないということは、思い切ったプレーを仕掛けてくるということだ。

 そのことは本人たちも強く自覚しており、よりお互いを助け合う気持ちが芽生えていると青木は言う。
「(岩政)大樹(テロ・サーサナ/タイ)さんのようにヘディングの強さを持っているわけじゃない。もちろん源も強いですけど、そこが一番のストロングポイントではないというか、お互いに全部を跳ね返せるという感じではない。ですので、お互いにカバーする気持ちを強く持ってやっています。僕自身は誰に対しても勝てるという気持ちではないので、競るところは競るけれど、次のカバーは絶対にぼかさないという意識でやっています」

 ディフェンスは、つねに最悪のパターンを想定することで不測の事態に備えるポジションだ。パートナーが競り負けたとき、クリアし損ねたとき、そうしたことをイメージしながらあらかじめポジションを修正しておくことで、守備の安定感は格段に増す。しかし、実績のある選手であればあるほど、相手への信頼度は高くなり、逆に不測の事態に備える動きを怠る傾向がある。互いに実績のない2人に派手さはないが、大崩れしない守備を手にすることができているのだ。

 さらにそれを助けるのがサイドバック(SB)だ。試合中、つねに大きな声で守備陣にポジションを知らせているGK曽ヶ端準は、「SBが中央にしぼることでカバーリングができる」と語る。ともすれば無駄になりがちな動きを、両SBが怠らずに実行していることも守備の安定に貢献していると言う。特に、左SBに180センチのDF山本脩斗が入ったことで逆サイドからのクロスにも、高さを持って対応できるようになった。

「若い選手の方が言ったことを忠実にやってくれる」とセレーゾ監督も指摘する。経験値がないことはマイナス面でもあるが、色に染まっていないことのプラス面が開幕3連勝のときには出ていた。

1/2ページ

著者プロフィール

1975年5月14日、東京生まれ。上智大学文学部哲学科を卒業。現在、『J'sGOAL』、『EL GOLAZO』で鹿島アントラーズ担当記者として取材活動を行う。著書に『世界一に迫った日』など。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント