“甲府方式”運営は地方クラブの見本=奇跡の甲府再建・海野一幸会長 最終回

吉田誠一

“甲府方式”を広めるべく韓国でも講演

韓国・ソウルでのフォーラムに招かれた海野会長。韓国サッカー関係者は「なぜ甲府が再建・成長できたか」という話に熱心に耳を傾けた 【写真:ヴァンフォーレ甲府】

 振り返ってみると、大企業の後ろ盾のない地方の小クラブである甲府はいつの間にか、Jクラブのモデルとしてとらえられるようになった。地域貢献を徹底し、地元の多数の企業から支援を受ける甲府方式を学ぼうとするクラブがあとを断たない。

 海野は「我が町にJクラブを」と夢見る町に招かれ、シンポジウムなどで、甲府がたどってきた道のりと成功した訳を語ってきた。「甲府の手の内を明らかにして、より大きな都市のクラブにマネをされたら、かなわなくなってしまうという声も聞くけれど、いいじゃないですか。Jリーグ全体、日本サッカー界が底上げされるなら」

 徳島をはじめに、北九州、愛媛、岡山、松本、鳥取、町田……。海野が講演で歩いた町のクラブには、少なからず甲府のクラブ理念と成長するための術(すべ)が残されている。
「いまや甲府が他の地方クラブの見本になっている。関係者の1人としてうれしいですよ」

 1月23日には広島、清水、松本の幹部とともに韓国のソウルでのフォーラムに招かれ、サッカー関係者を前に講演を行った。韓国Kリーグは2部に当たるK2をつくったがクラブの経営は厳しい。フォーラムに集まった500人ものリーグ、クラブ関係者は「なぜ甲府が再建・成長できたか」という海野の話に熱心に耳を傾けた。講演に出席できない関係者は前夜、直接話を聞きに来たという。

メディアに等しく扱ってもらうためのマスコミ対策

 あまり語られていないが、山梨日日新聞出身の海野はマスコミ対策にも力を注いできた。
 甲府の筆頭株主は山日YBSグループで24%の株式を所有する。だからライバル局であるテレビ山梨(UTY)は当初、甲府に対して冷ややかだった。山梨県がホームスタジアムである小瀬の競技場(現・山梨中銀スタジアム)の芝の張り替え、排水施設の修繕を決めると「また税金を無駄使いする」という論調の報道をした。

 海野は山日YBSグループの野口英一社長とも相談し、「クラブが広く支持を受けるためにはYBS色を薄めなくてはいけない」と考えた。クラブが山梨県の財産であると認識してもらうには、YBSグループだけでなく、すべてのメディアに等しく扱ってもらう必要がある。

 そこで、サポーター会員の募集を訴えるCM、ポスターにYBSとUTVやラジオ局などの計4人のアナウンサーを共演させ、制作したCMを両グループのテレビ、ラジオに流してもらった。クラブの情報も両グループに等しく提供するようにした。

 06年の増資にはUTYグループのYSK e―comが応じ、甲府は飯室元邦社長を取締役に迎えている。スタジアムのピッチには山梨放送、サンニチ印刷など山日YBSグループの関連会社とともに、ライバルグループのテレビ山梨、YSK e―comの看板が並ぶ。

地域メディアを取り込み、全県でクラブ支援

 こうした働き掛けにより、甲府はYBSのものというイメージが払拭された。地域のメディアグループをすべて取り込むことにより、全県でクラブを支えていこうという雰囲気を醸成した。

 現在、甲府は山日YBSグループの関連6社から看板スポンサー料をもらっているが、クラブも新聞・放送の広告料、旅行、保険、印刷、インターネットサービスなどの面で同グループに還元し、ウィン・ウィンの関係を築いている。海野はこの手法も忘れず、後発クラブに伝授してきた。

 01年の再建スタートから丸13年がたった。甲府の社長就任時、海野は左遷人事ととらえていた。事実、ヴァンフォーレ行きの辞令は、クラブを清算するためだった。
「最初は何でオレが……とアタマにきたけれど、絶対、立て直してやるとも思った。当時からの手帳のページをめくると、毎日毎日、いろんなことがあったなあ、よく堪えたなあと思う」

 海野がしぶとく続けてきたことをひと言で表すとするなら、「ヴァンフォーレ甲府というクラブに数限りない人々を巻き込んできた」ということになるのかもしれない。人の心をつかみ、クラブにつなぎ留めるまでの道は簡単ではなかった。それだけに「簡単にクラブを去るわけにはいかないんだよ」と笑う。

 一方で、クラブは3度の昇降格を繰り返し、経営規模は15〜16億円の壁を打ち破れていない。海野はそこにジレンマを感じている。
「せめて20億の規模にしたい。大企業の支えがないクラブにとっては簡単なことではないが、この地域で収入とサポーターを伸ばす余地はまだある。そのためにも、これまで通り地域密着、愛されるチーム作りを続けるしかない。継続こそ力になる」

 海野が描く次のステップは県外にいかに甲府のサポーターや支援企業を増やしていくかにある。Jリーグのアジア戦略に呼応し山梨県の観光政策とタイアップしたインドネシア選手の獲得もそのための施策だった。
「首都圏に鹿島や浦和のサポーターがたくさんいるように、甲府のサポーターがいてもおかしくない。甲府には首都圏から150キロという地の利もある。十数年後のリニア中央新幹線の開通で甲府と都心はわずか15分で結ばれる」

 そこにビジネスチャンスが広がる可能性がある。海野は「最大の課題はいかに魅力あるチームとして存在するかだ」という。ドイツのマインツやイングランドのノリッジ・シティを例に出し、小さな街でも多くのサポーターを持つクラブを夢見ている。

<了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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