王者・広島が手に入れた新たな武器。ACL、そしてJリーグ3連覇へ挑む

中野和也

効力を発揮した新オプション

就任3年目、Jリーグ3連覇の偉業に挑む広島の森保監督 【アフロスポーツ】

 横浜FMの選手たちのコメントを読むと「ウチに合わせてきた」という言葉がいくつか見られるが、それはちょっと違う。もちろん、昨年は一度も勝てなかった横浜FMに対する分析は行っている。石原直樹が頻繁に右サイドに流れて起点となり、野津田のゴールをアシストするクロスを入れたのも、横浜FMの守備を研究した上でのやり方だ。

 だが、それは横浜FMが対広島戦において、いつも行う程度の「微調整」に過ぎない。この試合で周囲を驚かせた前線からの守備や高い最終ラインは、今季の広島がJリーグやAFCチャンピオンズリーグ(ACL)を戦い抜くために模索中のオプション。ゴールが欲しいとき、ゲームが沈滞しているとき、チーム全体が統一した意識を持って、ボールを奪いに行く。その形を作るために、森保一監督は下田崇GKコーチの「GK目線」での指導も加えつつ、守備の形を整備していった。それが見事にはまったのが、22日の富士ゼロックス・スーパーカップだったのである。

 そこで大きな役割を果たしたのは、石原だった。もともと豊富な運動量を持ち味とする彼は、広島のファースト・ディフェンスを担当。しかも「パスコースを限定する」のではなく、ボールホルダーに厳しく身体を寄せ、球際の勝負でボールを奪いに行く気迫を見せた。首尾よくボールを奪った後は、押し寄せる横浜FMのアタックを強靭な肉体と足下の柔らかさで凌ぎ切り、オープンスペースにボールを運ぶ強さを発揮する。

 例えば70分、横浜FMの縦パスを高いラインからさらに前に出た塩谷司がカットし、浅野が縦パス。そのコースが流れ、中澤佑二がボールをキープしようとしたまさにその瞬間、石原が襲いかかった。卓越した身体の強さとバネを持つ背番号9が中澤とのバトルに勝利し、フリーで抜け出してシュート。GK榎本哲也の好守もあって得点にはならなかったが、この場面は広島がやりたかったことを幾つか含んでいる。

 高いライン。待ち構えるのではなく奪いに行く守備。奪った後のスピードと球際で激しくバトルを仕掛ける。昨年、連覇を果たしながら相手の研究に苦しみ、強豪相手に苦杯をなめたことから森保監督が決断し、実行しようとした「オプション」は、横浜FMが一発のパスで裏を取ったシーンのように危険もはらむ。だが、そのリスクをしっかりと管理すれば、今季のJリーグや特にACLでの戦いにおいて、大きな効力を発揮するはずだ。

かつてないほどの選手層の厚み

「立ち戻る場所は、あくまで昨年までのベース」と言うのが、指揮官の意図。しかし、守備において2つの考え方を自在に操れるようになれば、間違いなく大きな成果につながっていく。相手が後ろでポゼッションを指向すれば思い切って前に出ればいいし、裏への意識が強くなれば無理をせずにブロックを作ればいい。広島のストッパー=塩谷司と水本裕貴にはスピードがあり、千葉和彦や森崎和幸はカバーの意識が高いから、裏狙いにも十分に対処できる。ボールを奪えば、あとは緩急自在なコンビネーションを使って、攻撃を仕掛ければいいだけのこと。全員の意思が統一されてさえいれば、クレバーな選手がそろっている広島にとって、運用に困難はないはずだ。

 この試合では、森崎和・高萩洋次郎・柏好文といった本来のレギュラーを3人も欠いており、浅野の追加点場面では佐藤寿人もいなかった。それでも、コンディションに問題を抱えていたとはいえ、横浜FMを完全にKOできる内容を見せつけたことは、過去に例がないほどに広島の選手層が厚みを増した証明といっていい。今季はワールドカップという存在もあり、ACLを戦うチームにとっては特に過密日程を強いられるが、広島はその厳しさを乗り越えるだけのチーム力を身につけつつある。

「ただ、今日のような試合をACLやJリーグで見せないと、意味はないんだよ」
 完勝に湧く周囲を鎮めるかのように語ったミハエル・ミキッチの言葉は、昨年のスーパーカップ優勝の後に陥った苦境から学んだ真実。広島の成長が本物か、そのリトマス試験紙は25日のACL北京国安戦、そして3月1日に迎えるフォルランや柿谷曜一朗を擁するC大阪とのJリーグ開幕戦。
「まだまだ、これからなのよ」
 澤山文枝さんのそんな声が聞こえた気がする、ゼロックスの連覇劇だった。

<了>

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著者プロフィール

1962年生まれ。長崎県出身。広島大学経済学部卒業後、株式会社リクルートで各種情報誌の制作・編集に関わる。1994年よりフリー、1995年よりサンフレッチェ広島の取材を開始。以降、各種媒体でサンフレッチェ広島に関するリポート・コラムなどを執筆。2000年、サンフレッチェ広島オフィシャルマガジン『紫熊倶楽部』を創刊。近著に『戦う、勝つ、生きる 4年で3度のJ制覇。サンフレッチェ広島、奇跡の真相』(ソル・メディア)

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