GMが持ち込んだプロのマネジメント 奇跡の甲府再建・海野一幸会長 第9回

吉田誠一

一番の手柄はGMの招へい

社長就任後、海野はさまざまな改革を行ってきた。中でも一番の手柄は佐久間GM(写真)の招へいだったという 【写真:ヴァンフォーレ甲府】

 2001年に社長に就任し、ヴァンフォーレ甲府を立て直してきた現会長の海野一幸は選手の寮を整備し、育成組織の環境を充実させ、優先的に使える練習場も確保してきた。
「周りからサポートを受けていろいろやってきたけれど、自分を評価できるとしたら、そういうことではないんだ。僕の一番の手柄を挙げるとするなら、佐久間悟を招へいしたことだと思う」。海野は自信を持って、そう断言する。08年10月にゼネラルマネジャー(GM)に就任した佐久間によって、プロフェッショナルなチームマネジメントが甲府に持ち込まれたのは確かだろう。

 主たる業務であるチーム編成は監督と濃厚なコミュニケーションを取りながら、緻密に進められる。例えば14年のチーム編成は1年前の1月24日に開いた城福浩監督、渋谷洋樹ヘッドコーチ、東海林秀明強化育成部長とのミーティングから始まっている。その後は佐久間と城福が毎月、会合を持ち、全選手のその時点での評価をつける。ランクはAからDの4段階で、開幕前は全員がAかB。パフォーマンスの質や故障によってランクは変わる。

「監督と常にオープンな議論をしているので、シーズン終了後に契約を継続する選手をスムーズに決められる」と佐久間はいう。Bの選手をAに引き上げるにはどうしたらいいのか。2人が役割分担を決めて選手にアプローチする。頻繁に意見をぶつけることで「この選手と同じレベルの選手を獲得するにはかなりの経費が掛かる。だから再生させたほうがいい」というコンセンサス(意見の一致)が自然にとれる。08年から城福が指揮を執っていたFC東京では、ここまでのことはしていなかったという。

多岐にわたる佐久間の仕事

 シーズンが終了したら、ただちに現状を分析し、翌年のチームコンセプト、目標を設定する。J1に復帰した13年はダヴィ、フェルナンジーニョを失い、バレーを獲得できなかったこともあり、苦戦を強いられ15位で残留。佐久間はその1年を「残留は奇跡的だった」とまとめ、14年を「J1定着への基礎固め」と位置づける。

 目標は勝ち点51で7位以内。「若手を起用して世代交代を図りつつ、よりアグレッシブに戦い、タイトルに挑戦する」という考えを城福と共有した。強力な武器に育ったMF柏好文がサンフレッチェ広島に移籍し、川崎フロンターレのFW矢島卓郎の獲得を逃がしたが、J2栃木SCからスピードを誇るFWクリスティアーノ、名古屋グランパスからDF阿部翔平を補強した。

 GMというとチーム強化の仕事ばかりがクローズアップされるが、佐久間は自身の業務をもっと広く捉えている。「GMの仕事は選手評価、アカデミーの充実、人事と事業計画、そして苦情処理」。さらにファシリテーター(調整役、促進者)としての役割を自任している。調整役として、たとえばサッカーとラグビー、スポーツと観光、山梨県とインドネシアの間に橋を架ける。それによってスポーツ文化を熟成させ、地域を活性化、抱えている行政課題の克服に寄与する。それがクラブのブランド力のアップにもつながる。

「Jクラブはただ単にサッカーをするだけの団体ではなく、地域に付加価値を付けるためにある」と佐久間は話す。この思想はNTT関東(現大宮アルディージャ)のプロ化をにらんで95年に3カ月間、オランダ、ドイツに留学した経験で育まれたものだという。

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