仙台に訪れた突然のシーズンオフ=天皇杯準々決勝 仙台対FC東京

宇都宮徹壱

最後のカードが切れなかった手倉森監督の後悔

試合後、FC東京の選手は退団するルーカスの49番のシャツを着てサポーターに挨拶 【宇都宮徹壱】

 対する仙台は、後半17分に中原貴之、30分に松下年宏を起用している。だが手倉森監督によれば、90分が過ぎたタイミングで、実はもう1枚カードを切るつもりであったという(実際に最後の交代を行ったのは、延長後半開始のタイミングだった)。

「アディショナルタイムが4分ありました。その中で残り3分のタイミングで、選手を入れ替えようとしたんですが、そうはしなかった。あそこで替えていたら、試合を落ち着かせることもできたし、もしかしたらあのFKもなかったかもしれない。清水エスパルスとの4回戦では、やはり終了間際に躊躇(ちゅうちょ)することなく3枚目のカードを切ることができたのですが、なぜか今回それができなかった。非常に後悔しています」

 結果として、林がペナルティーエリア前でファウルをもらったことで、FC東京が絶好の位置でFKのチャンスを得ると、これを太田が左足で見事に直接決めてみせた。時間にして90+3分。まさに、仙台が逃げ切ろうとするぎりぎりのタイミングであった。そして直後にホイッスルが鳴り、試合は延長戦に突入。すでに日は陰り、寒さですっかり体が冷えきっていたが、両ゴール裏のサポーターの応援はヒートアップするばかりであった。
 最後のゴールが生まれたのは延長後半、またしてもアディショナルタイムである。FC東京が右サイドのスローインから、長谷川、米本とつなぎ、米本の縦パスに反応した石川がゴールラインぎりぎりで低いクロスを供給。これにニアの平山がおとりになり、その背後から飛び込んできた林が左足で合わせてネットを揺らす。117分をかけて、ついにFC東京が逆転に成功。林の公式戦初ゴールが決まった瞬間、ベンチにいた選手やポポヴィッチ監督までもが一斉に飛び出し、歓喜の輪に加わった。おそらく指揮官は、決めた当人以上に、このゴールがうれしかったに違いない。

 そして試合終了。疲労と失望のあまりピッチに倒れこむ仙台の選手たちに対し、FC東京の選手はサポーターが歌うクリスマスソングに包まれながら歓喜の雄叫びを挙げている。勝者と敗者のコントラストは、残酷なまでに明快だ。仙台のサポーターにとって、クリスマスソングがトラウマにならなければよいのだが。

予期せぬタイミングで訪れたシーズンオフ

手倉森監督にとっては「突然のシーズンオフ」。この経験をぜひ今後の糧にしてほしい 【宇都宮徹壱】

「まだまだ信じられない気持ちでいっぱいです。(今日の試合を含めて)あと3試合やるつもりでいたので、まだ(敗戦を)受け止められないです。試合後、引き上げてきた選手たちの涙を見た時、本当に終わったんだと思いました。90分と延長でのアディショナルタイムでの失点。この経験を糧にして、これからも進んでいかない。私自身の反省としては、90分のタイミングで、もう1枚の交代カードを切れなかったこと。私にも、この経験が必要だったんだと、自分に言い聞かせているところです」

 試合後の会見。敗れた仙台の手倉森監督は、今日この日をもってベガルタ仙台での仕事が終わってしまうことに、今も信じられないというような茫洋(ぼうよう)とした表情を浮かべていた。08年に監督就任してから6シーズン。Jクラブの監督としては、長期政権の部類に入る。だがそれ以上に、手倉森時代の6シーズンは、クラブにとってまさに激動そのものであった。08年のJ1・J2入れ替え戦(そう、この時は仙台はJ2だったのだ)、09年の天皇杯ベスト4とJ1昇格、10年の関口訓充(現浦和レッズ)の日本代表入りとチームの象徴と言える千葉直樹の現役引退、11年の東日本大震災と開幕12試合無敗記録、12年の優勝争い(最終順位は2位)、そして今年のACL出場――。

 もちろん良いことばかりでなく、辛かったこと、苦しかったこと、そして腹立たしかったことも含めて、この手倉森時代は仙台サポーターの間で伝説化していくことだろう。もちろん当人にしてみれば、(いくらU−21日本代表監督に抜てきされたとはいえ)思い出がたくさん詰まっているこのチームで元日を迎えたいという思いは非常に強かったはずだ。しかし、残念ながらその願いは叶うことはなかった。シーズンオフは、予期せぬタイミングでやってくる。それが、天皇杯というトーナメント大会の怖さである。

 さて、この日の準々決勝はいずれも90分では決着がつかず、延長戦もしくはPK戦にまでもつれ込んだ。今月29日に行われる準決勝のカードは、FC東京対サンフレッチェ広島(国立競技場)、横浜F・マリノス対サガン鳥栖(日産スタジアム)に決定。果たして、元日までオフがない2チームはどこになるのか? そしてACL出場権の行方は?

 8月末日からスタートした今大会も、気がつけば残り3試合である。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント