久光製薬の世界を目指した戦い=勝ち続けるために厚みを増した選手層

田中夕子

育成か、勝利か 決勝は勝利を優先

けがから復帰直後は、調子が上がらなかった長岡。決勝では自らを奮い立たせ数多くのスパイクを決めた 【坂本清】

 もう1人、複雑な思いを抱える選手がいた。長岡の同期で、同じウィングスパイカーの野本梨佳だ。昨シーズン、将来を見据え、長岡と石井優希を使い続けてきた中田監督は、今季、同様に2人の選手を育てると明言した。それが、セッターの狩野舞子と野本だ。

 リーグではスタメン起用のチャンスをもらったが、どの試合も流れが悪くなると狩野は古藤千鶴に、野本は石田や石井に交代を命じられた。天皇杯・皇后杯は負けたら終わりのトーナメント、ましてや今季の久光製薬にとっては「絶対に勝たなければならない」大会でもある。決勝で対戦する岡山は基本技術に長けた選手が多く、ミスが少ない。

 育成か、勝利か。葛藤しながらも「岡山戦では、小さなミスが負けにつながる」と、中田監督は今大会に限って、育成よりも勝利を優先した。

 自分の力が及ばないからだと分かってはいても、悔しさは消えない。同じポジションの石田や新鍋理沙が、期待に応える働きをする姿が、野本にはまぶしく感じられた。「自分が出るとリズムに乗れない。私はダメなのかな? と思う気持ちをなかなか消せませんでした」

 試合に出る選手には出る選手の、出られない選手には出られない選手が抱える悩みや葛藤がある。異なる個性を持つ集団が「チーム」として戦うために、どうするべきか。中田監督は、1つのヒントを提示した。

「誰が出ても強いチーム、勝てるチームにならなきゃダメだよ、と。勝つことは大変で、勝ち続けることは、もっともっと難しい。でもそこに向かって挑戦していくならば、いつ、誰が出ても強いチームであり続けなければなりません。それぞれの温度差をなくすために、『出た時に何をしなければいけないか、チームのために何をしなければならないかを考えなさい』と言い続けてきました」

それぞれが役割を果たしてつかんだ勝利

 野本と狩野には、今大会の準決勝、決勝で「(相手との)点差が開いたら2枚替えで投入する」と告げられていた。その機会は決勝戦の第1セットで訪れる。

 11−15と岡山が4点をリードした場面で、古藤、長岡に代えて狩野、野本を投入。「できることを思い切りやるしかない」と言う狩野は、レフトの野本に3本続けてトス。相手のレシーブに拾われ、ラリーが展開されたが、スピードのある長岡とは異なり、高い打点からパワーを生かした野本のスパイクを岡山のブロックが警戒する。前衛の3人がレフトに寄ったのを見て、狩野はライトの石田へトス。「ミズホさん(石田)は苦しい時にいつも何とかしてくれるので、迷わず、シンプルに託しました」(狩野)

 ほぼノーマークで打ちこんだ石田のスパイクが決まり、一気に流れを引き寄せる。第2セット終盤にも2枚替えで投入された2人は、限られた出番で、確実に役割を果たした。靄(もや)が晴れ、ようやく、野本にも笑みがこぼれる。「決まらなくても、絶対に点が取りたかった。今の自分にできることができて、ちょっとだけ、ホッとしました」(野本)
 
 日立戦の後、石田の「思い切り打てば決まるから、自信を持てば大丈夫」という言葉に救われ、決勝戦の最中には中田監督から「しっかりしなさい」と叱咤(しった)された長岡は、自らを奮い立たせた。その結果、25本のスパイクを放ち、決定率は56%。昨年の東レアローズとの決勝戦では途中交代を命じられたサウスポーのスパイクが、優勝をもぎ取るラストポイントを決めた。

 まさに、それぞれが、果たすべきことを果たし、つかんだ勝利。「勝ち続けるのは難しいし、大変なこと。でもそこを乗り越えなければ、世界には通用しない。厳しいことを要求しましたが、選手たちがよく踏ん張ってくれました」(中田監督)

 未来のために、勝ち続ける。これまでも、これからも――。

<了>

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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