市民ランナー川内優輝が見せたプロの走り=「実業団はアマ」宗部長は荒治療を示唆

寺田辰朗

福岡国際マラソンで日本人最高の3位に入った川内。代表争いの進退を懸けた大一番で結果を残した 【写真は共同】

 レース後の日本陸上競技連盟の記者会見で、市民ランナーの川内優輝(埼玉県庁)に対して最大級の賛辞が送られた。宗猛中長距離マラソン部長が「川内君はプロですよ」と発言したのである。

 2014年9月のアジア大会(韓国・仁川)の代表選考会を兼ねて1日に行われた福岡国際マラソン。マーティン・マサシ(スズキ浜松AC)が2時間07分16秒で優勝。2位にはジョセフ・ギタウ(JFEスチール)が続き、日本の実業団チームに在籍するケニア選手が上位を占めた。日本勢は、川内が2時間09分05秒で3位に入り、アジア大会有力候補に。高田千春(JR東日本)が2時間10分39秒の自己新で5位と健闘。ロンドン五輪代表だった藤原新(ミキハウス)は途中棄権した。

進退懸けた川内、開き直りが好結果に

 川内は今大会に進退をかけていた。2時間07分30秒を切るか、アジア大会代表入りができれば、今後も夏の国際大会代表入りを目指す。できなければ、代表争いから手を引き、夏以外の大会で日本記録更新を狙う。

「これまで暑さへの弱さを克服しようと個人でやってきて、できませんでした(世界選手権は11年、13年と連続18位)。ナショナルチームに入って(医科学的なノウハウも駆使して)暑さへの弱さを克服しないと、五輪、世界選手権でメダルは狙えない」
 その覚悟が勝負どころで発揮された。
 ペースメーカーが外れた中間点でヘンリク・ゾスト(ポーランド)とともに前に出たが、29キロ手前で集団に吸収された。集団にいたケニア3選手も日本人2選手も余裕が感じられ、「正直、飛び出さなければ良かった」。

 だが、苦しい表情を見せながらも集団のなかで粘り、マサシとギタウのスパートには対応できなかったが、残り4人の集団からは37キロで抜け出した。
「(代表を狙うのは)これが最後になるかもしれない。『どうにでもなれ』という開き直りが良い意味で走りにつながったと思います」
 2時間09分05秒の数字だけを見ると不満が残るが、昨年2時間06分58秒で優勝したギタウが2時間09分00秒かかったレース。日本選手も含め全体的に記録が伸び悩むなか、ギタウを5秒差まで追い上げ、自己記録から51秒差にとどめたことは評価できた。

 自身のコンディションも必ずしも良くはなかった。今年、2時間8分台を連発できた一因は、今年から減量に取り組み昨年よりも体重を絞ったことだった。ところが今大会は体重コントロールに失敗していた。
「体重はプログラムの数字(62キロ)より4キロオーバーです。やはり、月間600キロまで走らないとダメですね。この1週間は疲れも少し残っていて完全なコンディションではありませんでした」
 それでも力を出し切るところは、川内の気持ちの強さの表れだろう。

32歳・高田に好評価 大学同期の藤原は途中棄権

 日本人2位の高田は、2月の東京マラソンで出した2時間11分53秒の自己記録を1分14秒も更新。藤原とは拓殖大の同級生で、JR東日本でも6年間をともに過ごした。
「藤原の練習を参考に、毎日、上り坂を使って心肺機能を追い込むようにしたんです」と、好調の理由を明かす。32歳だが今季は1万メートル、ハーフマラソン、そしてマラソンで自己新を連発している。宗部長は「データ的に暑さにも強い。今日の走りを見たら年齢は関係ないのかな」と好評価だった。

 それに対して藤原は、今年1月に左太もも故障以来、およそ1年ぶりのフルマラソンだったが20.2キロで途中棄権。
「痛みはなかったのですが、臀部(でんぶ)に力が入らず最初からリズムがつかめなかった。どうにもペースが戻せませんでしたし、故障箇所とも関係している可能性もあったので」と自身2度目のリタイアを説明した。
 5000メートル日本記録保持者の松宮隆行(コニカミノルタ)は31.5キロの折り返しを過ぎると一気にペースダウン。29キロから両ふくらはぎに張りが出たことが原因だった。名門・旭化成のキャプテンを務める佐々木悟も、前半は良いリズムで走っているように見えたが、28キロで遅れ始めるとズルズル後退した。

宗部長、教え子らに「精神的なスタミナ強化を」

 宗部長は自身の教え子である佐々木の失速もあり、「佐々木や松宮は精神的なスタミナ強化が必要。昔に行っていた60キロ走なども、たまには必要」と荒療治を示唆した。

 対照的に褒めちぎったのが川内のこと。
「今日のような走りを見ると、潜在能力はもっとあるかもしれない。マラソンに対する意識も、川内君はプロです。それに対して実業団の選手はアマチュアですね」
 アジア大会代表決定は、最終選考レースであるびわ湖毎日マラソン終了後の3月になるが、川内はその有力候補になった。「代表に選ばれたらアジア大会で金メダルを目指します!」

 進退を懸けたレースで「有言実行」(川内)を果たした男は、14年アジア大会金メダル→15年世界選手権北京大会入賞→16年リオ五輪代表というルートを目指す。来年4月にスタートするマラソン・ナショナルチームにも、選出されれば勤務の合間を縫って参加する予定で、暑さ対策に本腰を入れる。
 もちろん、フルタイム勤務をしながら、毎週のようにレースに出場する市民ランナースタイルは、これまでと変わらない。

<了>
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著者プロフィール

陸上競技専門のフリーライター。地道な資料整理など、泥臭い仕事がバックボーンだという。座右の銘は「この一球は絶対無二の一球なり」。敬愛する人物は三谷幸喜。

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