日本陸上界の礎となった九州一周駅伝=終わるにはあまりに惜しい功績の数々

折山淑美

大きかった底辺拡大の役割

51回の区間賞を誇る伊藤氏は、「何らかの形で続けてもらい」と大会への思いを語った 【スポーツナビ】

 だが、九州一周駅伝には選手同士の切磋琢磨(せっさたくま)だけではなく、底辺拡大という意味もあった。かつてはコース沿いの幼稚園や小・中学校は、授業中でも選手が通過する時間になるとコース沿いに出てきて応援をしていたのだ。テレビ画面ではなく、実際に走る選手を応援することで「自分もいつかは彼らのように走りたい」と思う子供たちもいたと伊藤は言う。

 3度五輪代表になった前旭化成監督の宗茂氏も、九州一周駅伝に刺激された選手だ。かつて、「僕の場合はコースから外れていて実際のレースは見れなかったけど、中学時代に郡市対抗の県内一周駅伝に出ると、大分県代表の選手には2〜3分負ける。ところが、彼らは福岡や宮崎の選手に4〜5分負けていたから、すごい大会があるんだなと思っていました」と話していた。そういう大会で走れるようになりたい。強い選手に勝ちたいという思いが彼らを育てたのだ。

「僕がカネボウの監督をしていた時は、『九州一周で戦うために、うちから20人は出さなければ』と思っていて、選手も23人いました。その点は旭化成も一緒ですね。九州一周駅伝を意識した選手強化体制になっていたんです。でも、それがなくなると、各チームも抱える選手の人数は少なくなる。そういう面でも、九州のチーム自体が沈下する可能性はありますね」と、伊藤は懸念する。

 現在、明治大駅伝監督の西弘美氏も、高校卒業後に久留米市の井筒屋に就職し、福岡県チームで3回、九州一周に出場している。
「僕らの時代は、出場してもダメならすぐに帰されるから、4回走るのがステータスでしたね。強い実業団チームの選手に勝ってやろうというのもモチベーションでした」と話す。19歳の時には、前の日曜日まであった大阪−福岡駅伝に出場して3回走り、金曜日からの九州一周で4回、さらに2週間後の実業団駅伝九州予選で1回と、4週間で8回も走ったことがある。「若いうちはそんな経験もして、いろいろなことを学ぶのも良いことでした」と笑う。

長距離を志す子供の減少も……

 強い選手にとっては次へのステップの場だったり、戦い方や調整法を学習する場でもあり、タフな選手になるための重要な場だった九州一周。だが、強い実業団チームがいない県では、働きながら競技を続けている選手にとって大きな目標となっていた大会だった。事実、山口県でも06年にカネボウ陸上部が東京に移ると、それまで出られなかった一般ランナーの意識が一気に高まったという。自分たちが出場するチャンスが出てきたからだ。

 そういう草の根ランナーの存在は周囲の子供たちにも影響を与え、陸上競技に目を向けさせる大きなきっかけにもなっていたはずだ。それがなくなってしまえば、競技に接する機会も減り、長距離を志そうという子供たちの減少にもつながりかねない。
 伊藤氏は「終わるということは、そこで過去の選手が忘れられてしまうということでもあると思うんです。大会が続いて、それまでの区間記録を更新すれば、『あの時代のこの選手に勝った』と、自分の力を確認する目安にもなるし、自信にもなる。消えるのはしょうがないし寂しいけど、何らかの形で続けてもらい、また復活できる機会ができたら元に戻すようなことになるといいですね」と言う。

 これで最後となる九州一周駅伝。過去36回の優勝を果たしている宮崎県と、第1回から7回までを連覇し、昨年も優勝している福岡県がどんな戦いを繰り広げるのか。さらにはその隙を突いての日間優勝を狙っている長崎県がどこまで食い下がるのか。
 幾多の名選手を生み出し、日本陸上界の礎となった九州一周駅伝の最後のし烈な戦いが繰り広げられるはずだ。その戦いが、この大会の存続の芽を、少しでも残すきっかけになってもらいたいものだ。

<了>

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著者プロフィール

1953年1月26日長野県生まれ。神奈川大学工学部卒業後、『週刊プレイボーイ』『月刊プレイボーイ』『Number』『Sportiva』ほかで活躍中の「アマチュアスポーツ」専門ライター。著書『誰よりも遠くへ―原田雅彦と男達の熱き闘い―』(集英社)『高橋尚子 金メダルへの絆』(構成/日本文芸社)『船木和喜をK点まで運んだ3つの風』(学習研究社)『眠らないウサギ―井上康生の柔道一直線!』(創美社)『末続慎吾×高野進--栄光への助走 日本人でも世界と戦える! 』(集英社)『泳げ!北島ッ 金メダルまでの軌跡』(太田出版)ほか多数。

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