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雄星ら若手を変えた石井一久の「流儀」
数字よりも大切な球界に残した功績

最も誇れる記録は「いろいろな友だちを作れたこと」

日米通算22年のプロ生活で数々の記録を残した石井一。常々「数字には興味がない」と繰り返してきたのには、それ以上に大切にしていたものがあったからだ
日米通算22年のプロ生活で数々の記録を残した石井一。常々「数字には興味がない」と繰り返してきたのには、それ以上に大切にしていたものがあったからだ【写真は共同】

 日米を股にかけた22年間のプロ野球生活で、積み上げた白星の数は182。力強いストレートと「手元で消える」スライダーを武器に、史上最速で2000奪三振をマークした。埼玉西武でプレーした今シーズン限りでユニホームを脱ぐことに決めた石井一久は、数々の記録を残した剛腕サウスポーだった。

 だが、石井は偉業を成し遂げるたび、「数字には興味がない」と繰り返した。おどけた表情でジョークを口にする彼には、もっと大切にするものがあった。


 9月24日、引退会見で「22年間の野球人生で最も誇れる記録」を問われた石井は、こんな答えを返している。

「いろいろな友だちを作れたことですね。ヤクルト、西武ともに素晴らしい選手ばかりで、向上心を持っている選手ばかりです。そういう人たちと楽しくやれて、知り合いになれたことが思い出だし、宝物ですね」

雄星を変えた“師匠”石井との自主トレ

 ヤクルト(1992年〜2001年、06〜07年)、西武(08〜13年)でともにプレーしたチームメートは、石井から多大な影響を受けたと口をそろえる。高卒3年目の08年から西武でバッテリーを組んだ炭谷銀仁朗は、ベテラン左腕のボールを受けながら配球を学んだ。


「持ち球が真っすぐ、スライダー、カーブしかないから、相手の裏をかかないといけません。例えばスライダーを投げるにしても、ここは1バウンドでボールにする、ここはストライクゾーンに投げる、という使い分けをカズさん(石井一久)は分かっています。ボールを受けながら、そういう意図を感じることができました。直接教わったわけではないですけど、ストライクとボールの使い分けを教えてもらいましたね」


 そうした投球術は、「良いボールを投げる投手」から「勝てる投手」に脱皮するために不可欠なものだ。12年の夏場、キレのあるストレートを投げながら相手打者を打ち取るのに苦労していた菊池雄星に対し、炭谷はこんな注文を出している。

「雄星は球種が少ないので、粘られるのはしょうがない。思い切り腕を振って、意識的に変化球をボールにすることも必要。カズさんを見習ってほしいですね。2ストライクに追い込んでからの変化球と、カウントを取る変化球では狙いが全然違います。腕を振ってワンバウンドを投げるから、バッターも振りにいくんです」


 石井を「一生の師匠」と慕う菊池が今季、戦線離脱する夏場までに9勝を飾ることができた一因には、上記の投球術を身につけたことが挙げられる。菊池自身は今季のターニングポイントについて、「カズさん、岸(孝之)さんとハワイで自主トレをやったこと」と話した。常夏の南国で技術、メンタルを直接教わり、見て盗み、菊池はグラウンド内外で考え方が変わっていった。


 今夏、菊池はこんな話をしている。

「カズさんや岸さん、監督から『自分の体の感覚が大事』という話をされていました。去年まではなかなかできなかったんですね。『フォームをこうしよう、ああしよう』とは今もすごく考えるけど、決して頭ではなく、体の感覚でできています。やっぱり、人それぞれ違うじゃないですか。本を見て『この投げ方をしたほうがいい』というのを実践した8、9割が良くなったとしても、残りの1割には合わない人がいると思う。自分はその1割なのかなって。だったら自分でフォームを探したほうがいいのかな、という感じで今はやっています」

中島大輔
中島大輔

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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