雄星ら若手を変えた石井一久の「流儀」=数字よりも大切な球界に残した功績

中島大輔

おどけた男が見せた真剣な眼差し

石井(左端)は普段おどけた表情を見せたりもするが、的を射た眼力と言葉に、ヤクルト、西武の多くの後輩が慕った 【写真は共同】

 11年5月20日に西武ドームで行われた中日戦の前、筆者は石井と交わした会話を鮮明に記憶している。練習を終えてクラブハウスに引き上げる石井に「肩は消耗品だと思いますか?」と聞くと、真剣な眼差しで答えてくれた。

「消耗品だと思いますよ。板前の包丁と同じで、使えば減ってくるものだし。それをちゃんと的確に、包丁のように手入れできるかと言えば、どうでしょうね……。人それぞれで、骨格と筋力の質が違います。だから一概には言えません。100人いたら、100通りある。自分の肩の構造を知ることが大事。漠然とケアするのではなく、分かった上でケアする。ひとりひとり、肩の構造やメカニックは違いますから。きれいな投げ方をしたからって、消耗しないわけではありません。少年野球からやってきて、骨格ができています。その時期にあったトレーニングが必要。質、鍛え方をしっかりしないと。強化と維持とか、いろいろあります。今の選手はもっと知識を持つ必要があると思う」

 報道陣の前ではおどけた表情を見せる石井だが、それは彼の持つ一面にすぎない。06、07年にヤクルトでチームメートだった石川雅規は、「明るいイメージがあると思いますが、カズさんはオンとオフの切り替えがすごい」という。
 とにかく、石井は走る量が多かった。走り込む先輩の姿を見た石川は、「自分もやらなければ」と刺激を受けた。石川がフォームについて質問すると、石井は普段の練習や試合でじっくりと観察し、気づいた点をアドバイスしてくれた。

 石川が言う。
「僕らはカズさんから盗もうとしたし、分かりやすい言葉で教えていただきました。アニキという感じの人でしたね。一緒にいて楽しかった。『野球を取ったら、ただの人にはなるな』と言われたのを覚えています。礼儀、挨拶がしっかりしている方ですね。特に若い選手は良い刺激を受けていました。感覚がすごくて、的確なアドバイスをいろいろしてもらいましたけど、あのスライダーはマネできなかったですね」

内に秘めた闘志をプレーで出せる数少ない投手

 後輩が慕うのは、石井の眼力と言葉が的を射ているからでもある。05年高校生ドラフト1巡目でヤクルトに入団した村中恭平が飛躍を果たすきっかけは、先輩左腕のアドバイスだった。
 まだ頭角を現す前の村中が埼玉県戸田市にある2軍のグラウンドで走っていると、不意に石井から声をかけられた。
「真っすぐより自信のある変化球をひとつ覚えれば、勝てるようになる」
 この言葉をきっかけに、村中はフォークに磨きをかけた。そうしてプロ入り5年目の10年、自身初のふたケタ勝利を達成した。

 12年のシーズンオフ、西武の高卒1年目の内野手としてペナントレースを終えた永江恭平は、石井からある提案を受けた。
「自主トレの予定が決まっていないなら、宮本(慎也)さんに合流させてもらえるように話してあげようか?」

 石井と永江は20歳差。投手、野手とポジションが違い、話す機会はあまりない。だが、プロ入り1年目から出場機会を得ていた永江を見て、石井には感じるものがあったのだろう。ショートとしてレベルアップにつながればと、ヤクルト時代に世話になった宮本を自ら紹介した。

 そうした姿勢は、西武の選手に多大な影響を与えた。キャプテンの栗山巧が言う。
「カズさんから勉強させてもらったのは、しっかり自分のやるべきことをすること。それに練習、試合への姿勢ですね。カズさんは日本でも米国でも、変えていない部分があります。成績が良くても悪くても、同じことをやろうとする。なかなかできることではありませんよ。それに、ここという勝負どころで強かったですしね。11年のCS(クライマックスシリーズ)の日本ハム戦では無死一、三塁でリリーフして無失点で抑えて帰ってきたり、08年の日本シリーズでは救援に回って抑えたり。内に秘めている闘志を、プレーで表に出せる数少ないピッチャーです。感情って、どうしても表に出ちゃうんですね。野球選手としてカズさんみたいにできる人は少ないですよ」

後輩たちが送り出す最高の舞台

 石井が現役引退を表明した9月24日、2週間後の10月8日に西武ドームで行われる今季最終戦について話を振られた栗山は、こう語っている。
「早く3位以内を決められればベストですね。そうなるように頑張りたいです」

 10月6日、西武は北海道日本ハムに勝利し、3位以内でのCS出場を確定させた。石井の引退セレモニーが行われる10月8日、ロッテに勝利すればシーズン2位が決まり、本拠地でCSファーストステージを開催することができる。
 石井が何よりこだわってきたのは、チームの勝利だった。後輩たちは最後に、最高の舞台で送り出そうとしている。

<了>

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著者プロフィール

1979年埼玉県生まれ。上智大学在学中からスポーツライター、編集者として活動。05年夏、セルティックの中村俊輔を追い掛けてスコットランドに渡り、4年間密着取材。帰国後は主に野球を取材。新著に『プロ野球 FA宣言の闇』。2013年から中南米野球の取材を行い、2017年に上梓した『中南米野球はなぜ強いのか』(ともに亜紀書房)がミズノスポーツライター賞の優秀賞。その他の著書に『野球消滅』(新潮新書)と『人を育てる名監督の教え』(双葉社)がある。

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