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謎に包まれていた2ステージ制復活の意図
成長シナリオを描くために必要な決断
中西氏は、2ステージ制の話が先行する中、Jリーグ戦略会議の意図を語った
中西氏は、2ステージ制の話が先行する中、Jリーグ戦略会議の意図を語った【宇都宮徹壱】

 9月17日、2015年からのJ1リーグにおいて、2ステージ制+プレーオフが導入されることが、Jリーグの理事会で承認された。当日、理事会後の会見を取材するべくJFAハウスを訪れると、20人ほどのサポーターが「2ステージ制反対」の横断幕やボードを掲げている姿に出くわし、チクリと胸が痛む。この3日前に行われたJ1の試合でも、各地のスタジアムで2ステージ制反対を訴えるサポーターの横断幕が掲出されていた。だが、そうした彼らの切実な訴えは、残念ながらJFAハウスの人々に届くことはなかった。


 個人的には、1ステージ制を維持してほしかったという想いは、今でも強い。理由は言うまでもなく、それが最もフェアだからだ。2ステージ制は1996年を除いて11シーズン行われてきたが、1年を通して最も勝ち点を積み上げたチームが優勝できないケースも少なからずあったのは周知のとおり(00年の柏レイソル、01年のジュビロ磐田、04年の浦和レッズ)。また2ステージ制やCS(チャンピオンシップ)は、山場が多くなって注目度を集める反面、複雑なレギュレーションによる混乱や、それぞれのタイトルに重みがなくなる危険性も懸念されている。そもそも2ステージ制導入によって、どれだけ新規ファンの開拓が見込まれるのかについても、不透明感は拭えない。


 おそらく戦略会議の中でも、そうした懸念はたびたび指摘されてきたことだろう。それでもあえて改革を断行するのだから、Jリーグにはよほどの覚悟と危機感があったのは間違いない。個人的には1ステージ制支持者であるが、さりとてそれに固執することでJリーグが甚大な不利益を被るのであれば、大会方式を見なおしてあがいてみることに異を唱えるつもりもない。むしろ、ここはあえて積極的に応援すべきなのではないか――。今回、Jリーグ戦略会議の旗振り役である、中西大介競技・事業統括本部長にお話を伺った時には、私はそのようにさえ思っていたのである。


 だが、この日の理事会後の会見を取材して、少し考えを改めざるを得なくなった。理由は、会見の場に大東和美Jリーグチェアマンの姿がなかったからだ。広報スタッフのアナウンスによれば、この日の理事会が長引いたため(会見の開始も1時間遅れた)、その次のアポイント(タイリーグのチェアマンとのミーティング)に向かうことになったという。もちろん、Jリーグのアジア戦略の重要性は認識しているし、海外からのお客さまを待たせるわけにもいかないという心情も理解できる。しかしながら、Jリーグの一大事よりもそちらを優先したことについて、果たしてどれだけのサポーターが納得できたのか、甚だ疑問であると言わざるを得ない。


 Jリーグが、本心からサポーターと「危機感」を共有しようと思うならば、今日この日に、大東チェアマンが多くのメディアを前にきちんと説明責任を果たすべきであった。それができていれば、多少は「2ステージ制導入」への理解も得られただろう。ところが、その役割を(理由はどうあれ)事務方に任せてしまったのは、明らかな失策であった。サポーターよりもスポンサーへの説明責任。Jリーグの一大事よりもアジア戦略の打ち合わせ。もちろんJリーグ側に他意はなかったと思うが、それでも受け取る側の心理は複雑だ。緻密なイメージ戦略を重視してきたJリーグにしては、あり得ない失態であった。


 誤解していただきたくないのだが、私はJリーグを糾弾したくてこういうことを書いているのではない。むしろ逆だ。Jリーグが今、何を考え、どうしたいのか。それを、できるだけ多くのサポーターやファンとの間で共通認識にしたいからこそ、今回の中西氏へのインタビュー取材を、ある種の使命感を抱きながら引き受けさせていただいた。それだけに、今はただ残念な気持ちでいっぱいである。前後編にまとめられた今回のインタビュー記事は、正直、他メディアで触れられた内容と重複するところも少なくない。しかし、事ここに至った今となっては、新たな発見も少なくないとも自負している。クールダウンした心持ちで、あらためて読み進めていただければ幸いである。(取材日:9月2日)

Jリーグ戦略会議とは何か?

――大会フォーマット変更の話の前に、議論の場となっているJリーグ戦略会議のお話から伺いたいと思います。第1回が去年の10月25日に開催されたということですが、そもそもJリーグ戦略会議はどのような形でスタートしたのでしょうか?


 実はJリーグ戦略会議に先立つものとして、昨年の6月からカレンダータスクフォースという会議を立ち上げました。これは現行のシーズンをこのまま続けるのか、もし変えるとしたら何が課題で、メリットは何か。それが日本のサッカーの成長に、きちんとつながるのかどうか。この部分はJリーグだけではなくて、JFA(日本サッカー協会)、とりわけ日本代表との全体最適を考えた上で、どういう形がいいのかという議論をしました。


――このカレンダータスクフォースで話し合われたことを受けて、さらにJリーグ戦略会議がスタートしたわけですね?


 そうです。カレンダータスクフォースを一回解散して、きちんと戦略会議を立ちあげて、そこでJFAの田中(道博)専務理事、福井(一也)事務局長、原(博実)技術委員長、このお三方にも入っていただいて議論をしていこうということになりました。で、当面はサッカー界全体のカレンダーのことが中心になりますけども、カレンダーだけではなくて、それ以外のJリーグに関わる、サッカー界の諸問題について、現在の立ち位置をきちんと確認して、目指すものをもう一度明確化して、それをどういう道筋でたどっていったらいいのかということを、一度包括的に立ち止まって議論しましょうということになりました。


――Jリーグが開幕して今年が20周年ですが、そうした議論をするにはいいタイミングであったと言えそうですね


 そういう気運はあったと思います。93年の開幕以来、川淵三郎チェアマン(当時)を中心にJリーグは「走りながら考える」ということをやってきました。僕らもまた、スピードを信条としてやってきたんですが、いったん立ち止まって、現在地をきちんと確かめて進んでいくことも必要だということで(戦略会議を)立ち上げました。


 その理由の1つは、Jリーグを取り巻く環境が、開幕した当初とはもちろん、5年、10年単位で見ても、相当変わっているんですね。プロサッカーとはいえども、ビジネスとして成立しなければサッカーの発展に寄与できないところはあります。そのためには、環境適応が必要ですよね。その中で、変えてはならないもの、変えてもいいもの、変えなきゃいけないもの、それらをしっかりと分けながら進んでいこうと。


――今回の戦略会議のメンバーなんですけど、Jリーグからはチェアマンと中野幸夫専務理事、大河正明さん、中西さんを含めた理事が3人。それと先ほどお話があったように、JFAから原さんたち3人ですよね。それ以外に、7つのJクラブ(仙台、鹿島、浦和、川崎、甲府、湘南、岡山)の取締以上の方と、法政大学教授で元NHKアナウンサーの山本浩さん。この7つのクラブについては、どのようにチョイスしたのでしょうか?


 この20年間のさまざまなノウハウというか蓄積は、人にくっついているんですね。そういった「暗黙知」、言語化されていない暗黙知がいろんな人にあるはずで、それを言語化することによって、われわれの立つ位置が明確になるんじゃないかということですよね。例えば、アントラーズの鈴木秀樹さん。鹿島という土地で何度もクラブを優勝させて、ファンの求心力を作ってきた原動力だとすると、その中でJリーグや日本サッカー界に生かせるものがおそらくたくさんあるわけです。その一方で岡山の木村正明さんのように、新しい風を吹き込んでくれるような人にも入っていただくことで、外から見ていた時の視点と当事者になってからの視点、両方を持った方にも指摘してもらうことが大事だなと思いました。


――そのようにして戦略会議を8回開催されたということですが、そこではどんな危機感が共有されていたのでしょうか? おそらく震災前(10年)からの観客数の微減というところかと思うのですが


 おっしゃる通り、Jリーグの入場者数は微減が続いています。でもビジネス的には、この微減というのが実は一番危ないんですよね。ゆでガエル現象じゃないですけど、カエルを熱湯に入れればすぐに飛び出すけれども、じわじわ温度を上げていくとカエルはゆで上がって死んでしまう。Jリーグも、今すぐどうこうというわけではないけれど、今のままでゆでガエルにならないという保証はないわけです。

宇都宮徹壱
宇都宮徹壱

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著はスポーツナビでの連載をまとめた『J2&J3 フットボール漫遊記』(東邦出版)

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