ひとり歩きする「新スタジアム構想」=J2漫遊記2013 モンテディオ山形

宇都宮徹壱

「新スタジアムができてもNDスタジアムは活用すべき」

山形の初代コールリーダーである藤倉(左)は、新スタジアムの必要性を訴える 【宇都宮徹壱】

 最後に、サポーターの意見にも耳を傾けることにしたい。商店街組合以上に、新たなスタジアムの建設を強く望んでいるのは、間違いなく彼らである。話を聞かせてくれたのは、山形のサポーターズクラブ「A.C.M.Y」の会長で初代コールリーダーの藤倉晶。藤倉には、今回の新スタジアム構想を初めて知った時の印象について、まず尋ねてみた。

「きっかけは、地元の記者からの電話でした。『スタジアムの件で話を聞かせてくれ』と。市長がそういう発言をしていたのは知っていましたが、そんな具体的な話だとはまったく思っていませんでしたから、びっくりしましたね。ただ、降って湧いた話とはいえ、サポーターとしてはうれしかったです。というのも、ウチらにとってサッカー専用(スタジアム)は悲願でしたから。今のところ、具体的に何か動くということはないですけど、この話は立ち消えにはしてほしくない。ていうか、そんなことにはさせません(笑)」

 現状のNDスタジアムには、たくさんの思い出が詰まっていて愛着もある。クラブハウスや練習場が隣接しているというのもありがたい。とはいえ、いち観客として見た場合、非常にサッカーの魅力が伝わりにくい構造となっているのは紛れもない事実である。

「スタンドはピッチまで遠いし、傾斜もない。トイレは和式が多いので、携帯を落としたら一巻の終わり(笑)。あとコンコースがないので、早く帰ろうとする観客がピッチ上の選手から丸見えなんですよね。まあ、3点差で負けている時とか、早く帰りたくなるのも分からないでもないんだけど(苦笑)、間違いなく選手のモチベーションは下がりますよね。そもそも県内に、芝の球技場がひとつもないことも問題。だからサッカー専用であれば、別にどこでもいいというのが本音です。山形市でも、天童市でも、鶴岡市でも」

 その上で、もしサッカー専用スタジアムが将来完成したとしても、NDスタジアムは活用すべき、というのが藤倉の主張である。

「天童市は県の中心部に近いし、県の大動脈である13号線にもアクセスしやすい。しかも、6000台も収容できる舗装された駐車場なんて、そんなにないですよ。だから車のアクセスという意味では、いい場所にあると思うんです。もし新しいスタジアムができたとしても、たとえば新潟や仙台や栃木なんかと試合をするときは天童のほうがいいと思います。逆に、新幹線で来るチームと対戦するときは、駅前のスタジアムのほうがいい。そういう使い分けができると理想的ですよね」

実体のない「新スタジアム構想」はなぜひとり歩きしたのか?

山形の「新スタジアム構想」は、県を動かさなければ立ち消えに終わる可能性がある 【宇都宮徹壱】

 さて、今回の山形の新スタジアム構想で、個人的に気になっていたのが、2016年での実施が検討されているシーズン移行である。観戦しやすさ、アクセスの良さと並んで新スタジアムに求められる条件は、間違いなく積雪対策であろう。その点についても藤倉に尋ねてみたのだが、彼の答えは「スタジアムでどうこうできる問題ではない」というものであった。

「というか、冬の山形で試合をするのは、あり得ないというのが僕の意見です。スタジアムに屋根を付けても、ピッチの下に温水パイプを設置しても、そもそもお客さんがスタジアムに来られない。吹雪にでもなれば電車は止まるし、車の運転も危ない。サポーターも選手も足止めを食らう可能性がある。そうなると、興行として成り立たないでしょ。2月にJリーグの理事の人たちが視察に来た時も『ああ、これは無理だね』って言っていたそうです。ちなみに今年の雪は、そんなに多くはなかったんですが(苦笑)」

 藤倉によれば、山形の人々にとってオフシーズンは「自宅の雪かきが大変で、週末に試合があっても応援に行く余裕がない」のだそうだ。街中でも出歩く人はほとんどいないという。なるほど、たとえドーム型の専用スタジアムができたとしても、やはり厳冬期に山形でのゲームはかなりハードルが高そうだ。それでも藤倉は、駅前に新しいスタジアムができることで得られるメリットは大きいと訴える。

「実は山形では最近、駅周辺のマンションに住むお年寄りが増えています。なぜかというと、体力的に雪かきが難しいからなんですね。これから地方都市は高齢化で、どんどんコンパクト化していく。僕自身、死ぬまでモンテを応援したいですが、いつまでも車で行けるかどうか分からない。そう考えると、駅西にスタジアムができるのは、やっぱり魅力的な話なんですよね。子供も気軽に行けるから、モンテを通して地域に愛着が生まれ、人口流出の抑止にもなる。僕らが新スタジアムを望むのは、次世代のためでもあるんです」

 降って湧いたような「新スタジアム構想」は、取材を進めてみると、まるで実体のない、人々の夢や希望が先行する形で広まっていったことが理解できた。駅西の遊休地の持ち主である県は、新しい県民会館の建設を第一に考えているようで、土地の有効活用のための有識者懇談会でも「文化施設が望ましい」との意見が多数を占めていると伝えられる(ついでに言えば、地元紙に載った吉村美栄子県知事のインタビューを読んでも、駅西での新スタジアム建設に関しては消極的な印象を受けた)。県を動かさなければ、この話が立ち消えに終わる可能性は十分に考えられる。

 だからこそ、本稿が県外のサッカーファンにも共有され、新たな議論の契機となることを望みたい。山形の人々がなぜ、新スタジアムを強く希求するのか。それは、競技面の充実や地域経済の活性化のみならず、高齢化と人口流出が進む地方都市に明るい材料を与える拠点となり得るからである。そしてその背景には、地方都市が抱える苦悩が見え隠れする。もちろんそれは、決して山形だけの問題ではないはずだ。

<この稿、了。文中敬称略>

(協力:Jリーグ)

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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