ひとり歩きする「新スタジアム構想」=J2漫遊記2013 モンテディオ山形

宇都宮徹壱

モンテディオを育んできた天童市について

3つのプロチームが本拠とする天童市は、92年のべにばな国体の開催地でもある 【宇都宮徹壱】

 モンテディオ山形のホームスタジアム、NDソフトスタジアム山形がある天童市は、人口約6万2000人。将棋の駒と温泉で有名だが、隣接する山形市(人口約25万5000人)と比べると、ずい分と小さな印象を受ける。今回の取材では天童駅にほど近いビジネスホテルに滞在していたのだが、少し「失敗したかな」と思った。午後9時を過ぎると周囲は真っ暗。食事ができる店も、駅周辺のチェーン居酒屋くらいしかない(温泉街に行けば、それなりに店はあるのだろうが)。

 そんな天童市の自慢は、市内にプロスポーツチームが3つもあることである。モンテディオは山形市、天童市、鶴岡市を中心とする山形県全域をホームとしているが、これに加えてVリーグのパイオニアレッドウィングス(サブホームタウンは埼玉県川越市)、そしてプロ野球の楽天イーグルス2軍も天童市を本拠地としている(編注:宮城県利府市と2カ所を本拠地として登録)。

「6万都市で3つのプロチームがある。これは他では、なかなかないことだと思います。ですので、この3チームを生かした街づくりをしていきたいと考えております。モンテディオに関しては、(行政と)密接した関係で共に歩んでいくべきですね。Jリーグ百年構想という一貫した考え方がありますから、サッカーのみならず、環境整備などのスポーツ振興という観点から、市としてもタイアップしていきたいと考えております」

 そう語るのは、天童市市民部文化スポーツ課長の今野芳である。「スポーツ健康づくり日本一のまちを目指す」天童市にとり、今回のモンテの山形移転のうわさは、まさに寝耳に水。行政としては「困惑するばかり」(今野)という状況だが、より敏感に反応したのは市民であった。それは今野のこの証言からも明らかである。

「移転したら、モンテがある日常が変わってしまうことへの危機感は確かにあります。だからこそ、市民の6割もの署名が集まったんでしょう。こちらでは公民館単位で『応援隊』という組織を作って地域活動をしています。行政として何かを仕掛けているわけではないんですが、モンテの会合となると、世代を超えてたくさん人が集まるので、公民館としてもウェルカムな感じなんですね。そういう存在なのです、モンテというのは」

 人口が少ない天童市にとり、スポーツは行政にとっても市民にとっても生命線と言える。そもそもべにばな国体(1992年)誘致の際にも、山形市との誘致合戦に競り勝ち、国体史上最も人口の少ない都市での開催として話題になった。山形市がメーン会場にならなかったのは、いくつかの候補地をまとめきれなかったためと言われているが、もし誘致に成功していたらモンテの拠点は最初から山形市にあったことだろう。そうしてみると、今回の「新スタジアム構想」は、21年前の国体誘致合戦という伏線があったと見ることも可能であろう。

「困惑している」のは山形市も同じ

山形市役所を訪れると、階段に大きく描かれたモンテスとディーオが迎えてくれる 【宇都宮徹壱】

 続いて山形市役所を訪問してみる。なるほど、天童市役所に比べると、はるかに立派な建物だ。正面玄関を通ると、モンテディオのマスコットであるモンテスとディーオが階段に描かれていて、何だかうれしくなった。対応してくれたのは、スポーツ健康保険課長の細谷正弘。ちょうど私が訪れた時には、甲子園で日大山形が明徳義塾を破った直後で、細谷は同僚と大いに盛り上がっているところであった。いささか申し訳ない気持ちになりつつ、さっそくモンテディオ移転のうわさの話を切り出すと、細谷は私の言葉を制するようにこう語り始めた。

「まず、大前提として言っておきますけれど、市長は『スタジアムを作る』という話は一度もしていません。順序立てて説明すると、今年の2月、シーズン移行を検討するためのJリーグの視察があったんですね。このシーズン移行に加えて、クラブライセンスのことを考えると、今の天童のスタジアムのままで良いのかという議論は確かにあります。県やクラブが新たにスタジアムを作るというのであれば、こっちに来てほしい。そういう話は、市長もしていましたよ。でも、それだけの話でしかないんです」

 ここで細谷が言及している「市長」とは、現山形市長の市川昭男のことである。前回のコラムで書いたとおり、今回の「新スタジアム構想」も、今年2月21日の市議会本会議において「山形市に新スタジアムを誘致する方針」を表明したことが発端となっている。それから遡ること2年前の11年9月、山形市長選挙があり、現職の市川は「ドーム型競技場の建設」を公約に掲げていたのである。「ドーム型競技場」という表現が、いかにも行政的な玉虫色のアイデアで、野球や陸上やサッカーといった具体的な競技名については触れていない。この「ドーム型競技場」については、建設候補地を発表する前にいったん凍結。県が新たにスタジアムを必要と判断した場合、ドーム型競技場の建設費用として積み立てていた予算(現在4億5000万円とされる)を充てるとしている。

「ですから市長の真意が伝わっていない、というのが正直な感想です。なぜ、こんなに騒ぎになったのかが分からない。そりゃあ(山形)市内にスタジアムができたら、集客もアップするだろうし、夜の試合も行きやすくなると思いますよ。試合が終わって、一杯飲むこともできる。実際、新スタジアムの話題が新聞に載ったときには、けっこう市民の皆さんからメールをいただきまして、そのほとんどが『賛成』でした。でも現時点では、市として動けることはない。静観するしかできないんですよね」

 天童市が「突然の移転のうわさ」に困惑しているのに対して、山形市は「新たなスタジアムを作るなら」という市長の発言がひとり歩きしていることに困惑している。立場は大きく異なるものの、行政側はどちらも困惑している様子であった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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