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アンドラが見せた胸を打つ戦い
FIFAランク205位の挑戦

857人で満員のスタジアム

ファン・ペルシ(中央)の2ゴールで敗れるも、懸命に戦うアンドラの選手たち
ファン・ペルシ(中央)の2ゴールで敗れるも、懸命に戦うアンドラの選手たち【Getty Images】

 アンドラのホームスタジアム、エスタディ・コムナルは最も空気が美味しいスタジアムのひとつだろう。スタジアムの収容人員はたった850人だから、スタンドがピレネー山脈のダイナミックな景色を遮ることはない。バックスタンドはなく、岩壁のさらに上にあるキャンプ場から試合を眺めることが出来るという。そこにどうやらオランダ人もいたのだろう。オランダがアンドラを2―0で下し、3大会連続10度目のワールドカップ(W杯)出場を決めると、崖の上から祝福の紙テープが舞って来た。

 長い歴史を誇るオランダにとって今回が4回目の観衆1000人未満の試合だった。それでもホストカントリー、アンドラの監督をつとめたコルド・アルバレス監督は「こんなにたくさんの観客がいる中で試合が出来てうれしい」と満員札止め857人の、両国サポーターで埋まったスタジアムを喜んでいた。

 

 オランダは前回のW杯準優勝国で、FIFAランキングは5位。一方、アンドラは205位と、両国の差は200も開いていた。アンドラより下位に位置するのは、アンギラ、ブータン、サンマリノ、タークス・カイコス諸島だけだ。W杯予選でアンドラが勝ったのは、2006年大会予選のマケドニア戦のみ。今回の予選でも全敗で、しかもノーゴールのままだ。

 アンドラの名門クラブはFCアンドラだが、彼らはスペインサッカー連盟に登録しており、カタルーニャ州リーグに参戦している。

「これまで、アンドラ代表の多くのメンバーはFCアンドラから選ばれていたが、近年、クラブの経営危機が起こってしまった。そのため主力選手がアンドラリーグのFCルシタンス、FCサンタ・コロナ、UEサンタ・コロナに移籍、今のアンドラ代表はFCアンドラとその他のアンドラリーグ組、スペインの下部リーグでプレーする選手たちによって構成されている」(地元記者)

 選手のほとんどはアマチュアかセミプロであり、他に仕事をしながら競技生活を続けている。その詳細をオランダメディアが探ろうとしたが、アンドラサッカー協会側は「選手たちの職業は彼らのプライベートに関わることだから答えられない。選手たちはあくまで“フットボーラー”だ」と回答を拒否したという。真っ赤なユニホームの左胸に“FAF(アンドラサッカー協会)”のワッペンを縫い込み、国を代表して戦う彼らの誇りが伝わってくる。

W杯準優勝国に健闘したアンドラ

 オランダ相手に、アンドラは全員守備で抵抗した。とりわけセンターバックとセンターハーフの計4人は、ロビン・ファン・ペルシを囲むようにスペースを消し、自陣ゴール前での動きを完全に制限した。そのセンターバックのひとりがアンドラのレジェンドだった。その名はイルデフォンス・リマ。センターバックながらアンドラ代表記録の7ゴールを決めている、33歳のベテラン選手だ。


「彼は今、FCアンドラでプレーしているが、過去にはスペイン、イタリア、スイス、ギリシャでプレーし、メキシコではパチューカに所属していたんだ。だからリマはアンドラサッカー界のレジェンドなんだけど、別に彼が町中を歩いていても騒ぎになることはない。ここはあくまでアンドラ。他のサッカー大国とは違うんだ」(地元記者)


 12分、FKを得たアンドラは、そのリマがペナルティーエリアの中で誰よりも高く飛び、フリーで得意のヘディングシュートを狙ったが、今ひとつ当たりどころが悪く、オランダゴールの枠をとらえることが出来なかった。32分にもアンドラはショートカウンターからチャンスをつかみ、左MFのロレンツォが対面のヤンマートをかわしてシュートを放ったが、GKフォルムの正面を突いてしまった。


 前半は0―0。「本当に難しかった。スペースが全然なかった。でも、後半に入れば、彼らが疲れてくるというのは、みんなハーフタイムの時に分かっていた」(ファン・ペルシ)。そのファン・ペルシが49分、53分とゴールを決めて、オランダが一気に勝負を決めた。アンドラはもうオランダの猛攻を凌ぐのに精いっぱいだった。それでもピッチの上では「アリーバ! アリーバ!(前へ行け! 前へ行くんだ!)」という励ましの声が飛び交って、最後まで激しく強豪相手に食らいついた。

 世界最弱国のひとつアンドラだが、彼らの敢闘精神は本当に素晴らしかった。

敵将もアンドラの戦いを賞賛

 アンドラの頑張りはルイス・ファン・ハール監督の胸も打った。試合後、まず彼はコルド監督のところへ行き、お互いに健闘を称え合った後、アンドラ選手の1人ひとりと握手を交わしたという。

「前半を0―0で終えたからといって、私に焦りはなかった。前半のうちにボールをまわしてしっかり相手を走らせていたし、アンドラもすべての力を注いで戦っていた。(アンドラのような)アマチュアチームは50分、60分、70分になると疲労でパフォーマンスが落ち、スペースが生まれる。それが事実であり、結果である。それでも今日のアンドラは、見ていてとても素晴らしかった。ハードに働き、エネルギーを注ぎ込んでプレーしていた。それはリスペクトすべき。普段の試合ではユニホームの交換は選手の判断に任せられている。しかし、私は試合後のロッカールームで選手たちに『みんな、アンドラの選手たちにうちのユニホームを渡してくるんだ』と言った。本当に素晴らしいチームだった」(ファン・ハール監督)


 アンドラのコルド監督は「選手たちが示したスピリッツに満足している。すべきことはした。5〜6年前まで、我々はアンドラ国内でなく、スペインのバルセロナで代表マッチを行っていた。それが今はアンドラ国内で試合が出来るところまで来た」と語った。かつてオランダがアンドラと戦うとき、バルセロナのサブスタジアム、ミニエスタディで試合を行っていた。

「ここのスタジアムのピッチ状態は非常に酷く、FIFAの認可が下りなかったんだが、関係者のがんばりでピッチもだいぶ良くなった」(コルド監督)

  

 スタジアムを出ようとすると、アンドラサッカー協会の人に呼び止められた。

「またぜひ来てね。ここのスタジアムは星がきれいでしょ」

 夜空を見上げると、確かに美しく星が輝いていた。ピッチの上のアンドラ選手たちの激しい息づかいを思い出しながらも、ああ、ここのスタジアムは空気がやはりうまいと感じずにいられなかった。 


<了>

中田徹
中田徹

1966年生まれ。転勤族だったため、住む先々の土地でサッカーを楽しむことが基本姿勢。86年ワールドカップ(W杯)メキシコ大会を23試合観戦したことでサッカー観を養い、市井(しせい)の立場から“日常の中のサッカー”を語り続けている。W杯やユーロ(欧州選手権)をはじめオランダリーグ、ベルギーリーグ、ドイツ・ブンデスリーガなどを現地取材、リポートしている

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