欧州移籍市場から考察する金銭の動き方=Jにはない選手の見方と移籍の価値観

小澤一郎

投資ファンドマネーの活用

A・マドリーからモナコへとあっさりと移籍したファルカオ。その裏には、スペインの財政難と投資ファンドグループの密接な関係があった 【Getty Images】

 ファルカオの事例のように特に財政危機が深刻化するスペインにおいては、移籍市場における投資ファンドマネーの活用が主流となりそうな気配だ。そもそもこうした移籍スキームは、南米で主流となっている選手の保有権ビジネスの一種であり、欧州においてもポルトガルのポルトやベンフィカといったクラブが10年ほど前から導入しているが、スペインにおいてはセビージャがいち早く採用した。例えば、今夏にモナコへ移籍したフランス代表MFジョフリー・コンドグビアは、1年前の夏にセビージャがDSIの投資ファンドマネーを用いて獲得している。

 セビージャがランスに支払った移籍金は推定300万ユーロ(約4億円)だが、実際のところその移籍金はすべてDSIが工面しており、セビージャは1ユーロも支払っていない。コンドグビアはセビージャでのわずか1シーズンで、モナコに2000万ユーロ(約26億円)の移籍金で移ることになるが、その移籍金はセビージャとDSIの間で折半された。

 今夏のセビージャはコンドグビア以外にもスペイン代表のMFヘスス・ナバスとFWアルバロ・ネグレドの2選手をマンチェスター・シティに高額の移籍金で売却したことで合計8900万ユーロ(約116億円)もの選手売却益を上げているが、選手獲得に投じた今夏の支出総額が2870万ユーロ(約37億7000万円)に留まっているのはここ1、2年の補強予算の大半が投資ファンドマネーで構成されているからだ。

日本サッカー界全体で取り組むべき課題

 驚くべきはDSIのような投資ファンドグループは潤沢な資金を保有するのみならず、独自のスカウティングチームを結成し、売却益が見込める23歳以下の有望なタレントをクラブ以上に血眼になって探しているという。一部では、そのスカウト網は世界屈指と呼ばれるモンチSD(スポーツディレクター)率いるセビージャのスカウト網にも引けをとらないとも言われ、近い将来そのスカウトエリアに日本が組み込まれる可能性も少なくない。

 文化的、モラル的な問題から日本人選手を「商品」、「資産」として見ることなく、また選手に値段を付ける習慣もないJリーグにおいて欧州移籍市場で加速化する投資ファンドマネーを用いた移籍スキームや選手の保有権を発生させた上でその権利を切り売りするような考えはなかなか定着しないであろうが、取っ掛かりとして保有権ビジネスの先駆けであるブラジルからの外国人選手やこれから増えるであろうアジア人選手に対して積極的な移籍ビジネスを仕掛ける発想や「お金を回す」仕組みはあって然るべきだろう。

 また、日本サッカー界全体で取り組むべき課題は18歳以降の育成環境の改善だ。ユース年代の18歳までコンスタントに試合出場と成長を続けてきたタレントが、プロ入りした途端に公式戦出場の機会を得られず、パフォーマンスのみならず選手としての価値も下げてしまう問題は単にU−20ワールドカップの出場権を3大会連続で逃しているという結果のみならず、移籍ビジネスの観点で見たときのJリーグの機会損失の根本的要因となっている。この先、第二の香川真司がJリーグから育ってきたときに、1500万ユーロ(約19億7000万円)の移籍金の5パーセント以下の連帯貢献金や、数千万円の育成費で満足するようなサッカー界でないよう、今からそのときのための準備と欧州移籍市場の研究をしていこうではないか。

<了>

9月7日(土)放送のFOOT×BRAINはスポーツ×マネー第1弾。スポーツの未来を担う日本サッカーの効果的なお金の使い方を紹介します。

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著者プロフィール

1977年、京都府生まれ。サッカージャーナリスト。早稲田大学教育学部卒業後、社会人経験を経て渡西。2010年までバレンシアで5年間活動。2024年6月からは家族で再びスペインに移住。日本とスペインで育成年代の指導経験あり。現在は、U-NEXTの専属解説者としてLALIGAの解説や関連番組の出演などもこなす。著書19冊(訳構成書含む)、新刊に「スペインで『上手い選手』が育つワケ」(ぱる出版)、「サッカー戦術の教科書」(マイナビ出版)。二児の父・パパコーチ。YouTube「Periodista」チャンネル。(株)アレナトーレ所属。

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