元日・国立へと続く「8月の戦い」=天皇杯1回戦 長野対トヨタ蹴球団

宇都宮徹壱

長野の準ホーム、佐久について

会場の佐久総合運動公園陸上競技場。トラックばかりがやたらと目立つ 【宇都宮徹壱】

「暦の上ではディセンバー♪」ではなくてオーガスト(8月)。今年の天皇杯は厳しい残暑の8月31日に開幕することとなった。当連載が「天皇杯漫遊記」として始まってから今年で9年目だが、最終日とはいえ8月に1回戦が組まれたのは今回が初めて。第1回大会までさかのぼってみても、過去に例がないことが分かった。大会史上初となる8月スタートの第93回大会は、さてどこからスタートしようか。あれこれ吟味した結果、東京から日帰りができて涼しそうな会場ということで、長野県の佐久総合運動公園陸上競技場で行われる、AC長野パルセイロ(長野県代表)対トヨタ蹴球団(愛知県代表)に決めた(もっともこの日の気温は33度あったのだが)。

 長野新幹線に乗って佐久平駅から小海線に乗り換え。ローカル線の風情を存分に味わって中込駅で下車し、昼食は佐久名物の「鯉こく」を楽しむ。駅前の商店街では「佐久市は長野パルセイロを応援します」とのノボリやポスターをあちこちで目にした。長野はもともと長野市を本拠としているが、ホームスタジアムの南長野運動公園総合球技場が、この夏からJリーグ仕様に改修されることになった(完成予定は15年3月)。そのためクラブは、この地を準ホームとする協定を佐久市と締結。この春に完成したばかりの佐久の陸上競技場で公式戦が行われることとなった。すでにJFLで最初のゲームが行われており、今回の天皇杯1回戦は2度目の使用となる。

 山の中にぽつんと建てられた真新しい施設は、メーンスタンド以外はすべて芝生席という、何とものんびりした作りだ。最初に目に飛び込んでくるのは、9レーンあるブルーのトラック。ピッチは「添え物」という印象は拭えない。照明施設はあるものの、時計もなければスコア表示もないのも不満が残る。来季、J3となることが濃厚な長野だが、ここ佐久でJ3の試合は問題なく開催されるのであろうか。ちょうどJリーグの関係者が視察に訪れていたので、感想を聞いてみると「サッカーをする環境としては確かに物足りなさがありますが、長野はクラブとしてしっかりしているし、知恵を出しながら何とかここで盛り上げようとしていることについては好感が持てますね」と、前向きな答えが返ってきた。佐久は長野にとって、あくまで仮の住まい。それでも南長野の改修が終わる前に、この地でさまざまなドラマが繰り広げられることだろう。

JFLの強豪対4部の同好会チーム

長野パルセイロのイレブン。今季もJFLでは首位争いを演じている 【宇都宮徹壱】

 それでは、両チームのプロフィールを紹介することにしたい。
 まずはホームの長野。今季で最後となる「3部としてのJFL」で、同じJリーグ準加盟のカマタマーレ讃岐と激しい首位争いを演じている。1990年に「長野エルザ」として設立され、07年に株式会社化すると同時に現在のクラブ名となった。20年以上の歴史を持ったクラブだが、天皇杯出場は今回でようやく3回目。同県のライバルである松本山雅FCには、たびたび長野県代表の座を奪われてきた苦い経験を持つ。今大会は、代表決定戦で上田ジェンシャンに5−0で圧勝、2大会連続で天皇杯出場を果たした。昨年は、当時J1だったコンサドーレ札幌に競り勝って3回戦に進出。今大会もJへの挑戦権を得るべく、まずは初戦にしっかり勝利したいところだ。

 その長野に挑むトヨタ蹴球団は、今回が天皇杯初出場。中京大との代表決定戦決勝では、スコアレスドローからPK戦までもつれたものの、守護神・北川佑樹が2本のPKを止めて4−2で競り勝ち、ようやく晴れ舞台へのチケットを手にした。ここ10年の愛知県代表といえば、JFLの経験を持つFC刈谷(現東海社会人リーグ1部)、そして中京大や愛知学院大といった大学勢が持ち回りのように出場していた。そんな中、東海社会人リーグで8チーム中6位のトヨタが、愛知県代表となった意義は決して小さくはない。選手は全員アマチュア。名古屋グランパスの前身となったトヨタ自動車サッカー部とは異なり、純然たる同好会チームであったため、親会社からの金銭的なバックアップは期待できない。ついでにいえば、このチームにはエンブレムやフラッグもない。そのためスタジアムにはためいていたのは、日本サッカー協会と長野のフラッグのみ。そんな同好会チームが、JFLの強豪に対してどれだけ戦えるのだろうか。

 試合は、大方の予想どおり長野のペースでスタートした。トヨタは長野のパス回しには何とか食らいついていたものの、両サイドから精度のあるクロスを入れられると、振り回されるシーンが目立つようになる。21分は長野の佐藤悠希がヘディングでGKに競り勝ってゴールインに見えたが、これはファウルの判定でノーゴール。25分には大橋良隆のクロスに宇野沢祐次がニアから頭で合わせるが、わずかにバーを超える。それでも長野の先制ゴールは時間の問題かと思われた。試合が動いたのは28分。長野のCKをいったんトヨタのGK北川がパンチで防ぐも、キッカーの大橋が再び中に入れて、これを大島嵩弘がヘディングで決めた。そのわずか1分後には、佐藤のスルーパスを受けた青木翔大がうまく流し込んで追加点。前半は長野の2点リードで終了する。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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