元日・国立へと続く「8月の戦い」=天皇杯1回戦 長野対トヨタ蹴球団

宇都宮徹壱

長野の猛攻をしのいで1点差としたトヨタだったが

この試合でスーパーセーブを連発したトヨタ蹴球団の守護神・北川(左) 【宇都宮徹壱】

 エンドが替わった後半、長野はさらに攻勢を強めてゆく。後半12分には、2点目を挙げた青木に代えて田中恵太を投入。積極果敢にシュートを放つ田中が3トップの一角に入ったことで、長野の前線はさらに活性化していった。しかし、攻め続けはするものの、フィニッシュでの精度が伴わず、また相手GK北川のファインセーブが続いたことで、試合を決定づける3点目がなかなか決まらない。

 ちなみにこの北川、トヨタの森建監督によれば、仕事の都合で「週2回しか練習に参加できない」らしい。それでもこの日は、高い集中力と思い切りのよい飛び出しで、再三チームの危機を救った。あとは、ここまでシュート3本しか放っていない、攻撃陣の奮起を期待したいところ。すると後半27分、ついにトヨタが意地を見せる。相手ボールをインターセプトした片山雄大が、途中出場の蓮尾和也にラストパス。蓮尾は流れるようなモーションから、強烈なミドルシュートを見舞う。トヨタ、ついに1点を返して2−1。流れは、一気にトヨタに傾いたかに思われた。

 だが、アマチュア同好会の反撃も、これが限界であった。後半30分を過ぎて、めっきり運動量が落ちたトヨタに対し、長野は厚みのある攻撃を容赦なく仕掛ける。後半39分、セットプレーから宇野沢がドリブルを挟んで田中へパス。田中のシュートはいったん北川にセーブされるも、これを有永一生が頭で押し込み、ようやく長野がダメ押しの3点目を決めた。さらに42分には、有永が右サイドをドリブル突破して、ゴールラインぎりぎりのところで田中へ。自陣からオーバーラップしてきた西口諒が、田中からのラストパスを右足で流し込んで4点目を決める。最後の最後で力の差を見せつけた長野が、昨年に続いて2回戦進出を決めた。

アマチュアの矜持を示した試合内容

 4−1というファイナルスコアを見れば、JFLで首位争いをする実質的なプロチームと、東海社会人リーグ所属のアマチュアチームとの力の差は明らかであった。それでも、長野が6倍以上のシュートを放ち(長野25、トヨタ4)、多くのチャンスを作っていたことを考えれば、トヨタはかなり健闘したと言えるのではないか。あるいは、もっと守備的な戦い方を選択していれば、もう少しゲームの均衡が長引く展開になっていたかもしれない。だがチームを率いる森監督は、こう語る。

「そこは実は悩んだ部分でしたね。しっかり引いて戦うというのも、選択肢のひとつであったんですが、そうではなく普段より一歩前に出て戦おうと、今朝になって決断しました。選手にも話して、納得してもらいました」

 思うに森監督と選手たちの間には、初めての天皇杯に臨むにあたり、アマチュア社会人チームとして矜持(きょうじ)を示したいという想いがあったのではないか。練習日は週3日、しかも仕事が終わってからの夜の1時間30分という環境下で、自分たちがどこまで戦えるかを試したいという、密やかな野心もあったのだろう。負ければ終わりのトーナメントだが、さりとて勝つことだけが全てというわけでもない。トヨタは勇気をもって長野に対峙したことで、多くのものを持ち帰ることができたのではないか。

2回戦はチャレンジャーとなる長野

長野の美濃部監督。次戦に向けて「少ないチャンスを決めることが重要」と語る 【宇都宮徹壱】

 一方、長野の美濃部直彦監督は、初戦に勝利したことについては一定の評価を示しつつも、次のJ1名古屋との対戦については反省点の多い試合内容であったと語る。

「今日は(いつもと違う)3−4−3ということで、ボールの動かし方やサイドの崩し方はできましたが、最後の崩しでもっと良いアイデアや高い技術が出てこなかったことには不満があります。それはチームの課題でもあるんですが、こつこつやっていくしかない。(次の名古屋は)カテゴリーが2つ上ですから、クオリティーの高い選手が多いし、最近は調子も上がっている。ウチが勝てる確率は高くないが、少ないチャンスを決めることが重要。今日の試合にようにチャンスがたくさんあるわけではないですから」

 トヨタに格の違いを見せつけた長野にしても、2回戦からは純然たるチャレンジャーだ。そうした食物連鎖的な戦いの先に、元日・国立の晴れ舞台がある。今年も日本サッカーの頂点を懸けた戦いを、最後まで追いかけてゆくことにしたい。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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