クラブの存続を左右した激動の1年=奇跡の甲府再建・海野一幸会長 第2回

吉田誠一

誰もが困難と考えた経営健全化の3つの目標

経営健全化のためにたてた3つの目標は、空席が目立つスタンドを平均3000人以上で埋めるなど誰もが困難と考えるものだった 【写真:ヴァンフォーレ甲府】

「中田英寿(元日本代表)を生んだ県が02年ワールドカップ(W杯)を前にして、Jクラブを消滅させたら山梨の恥になる。県は出資という形でクラブに税金をつぎ込んでいるのだから、何も努力せず、いきなり解散では禍根(かこん)を残す」
 その思いを胸に、動き始めたのが00年12月19日。甲府の経営状態を発足時までさかのぼって分析したうえで、山梨県知事の天野建、山日新聞社長の野口らと会合を重ね、存続の道を探った。

 12月26日にクラブが経営危機を公にしたのと同時に、山梨県企画部が公表した「ヴァンフォーレ甲府の経営危機の現状と今後の見込みについて」という文書も平嶋の手によるものだ。
 そこで示した今後の甲府の経営指針は現実主義にのっとっている。その一文に「当面はJ1昇格という高い目標を棚上げし、J2中位定着を目指した年間2億円強程度での運営を行う」とある。背伸びをしたチーム強化に陥らなければ、経営の健全化は可能と平嶋は考えた。

 そのうえで「1試合平均入場者を3000人に(00年度は1850人)」、「クラブサポーター会員を5000人に(同2698人)」、「広告収入を5000万円に(同約2600万円)」という3つの目標を立てた。
 この目標は01年1月25日に山梨県、甲府市、韮崎市、山日YBSグループによる「ヴァンフォーレ甲府の経営に関する主要株主の申し合わせ」に盛り込まれる。4者は「01年度の天皇杯まではクラブを運営する。ただし、3つの目標を達成できず、今後も見込みがない場合は解散する」という方針で合意した。もっとも、このハードルを越えることは困難と誰もが考えた。

 こうした動きと平行し、00年12月30日には有志が「ヴァンフォーレ甲府の存続を求める会」を発足し、募金活動、署名活動を開始している。1月中旬までに約2万7000人から署名が集まり、募金は1000万円を超えた。
「県民がクラブの問題を自分のことのように考え始め、自分が支えなければダメだというムードになった。クラブを失うかもしれないと知ったとき、その価値に気づいたのでは」と平嶋は話す。

闘志に火をつけた冷たい反応

 存続を望む声が高まる中で、平嶋は山日新聞の野口に「山日グループから甲府に社長を送り込んでほしい」と訴え続けた。その結果、野口は記者としても営業マンとしても、やり手として名の通った海野を選択した。

 もし平嶋が山梨県に出向していなかったら、クラブ存続に向けたスイッチは入らなかったかもしれない。そして、もし野口が海野を呼び、「この仕事はあなたしかできない」と背中を押していなかったら、甲府は消滅していたかもしれない。
 海野は、山日グループでの出世の道が阻まれたかのようなこの人事に納得できず、また、クラブの存続は無理とも思っていたが、「とにかく、やるべきことをやるしかない」と決断した。

 社長就任から間もなく、意欲を駆りたてられるできごとがあった。海野はYBSのライバル社であるテレビ山梨の社長の金丸康信を訪ね、「ピッチ看板を出してほしい」と懇願した。返答は厳しいものだった。「こんな小さな町でプロスポーツは無理。申し訳ないけれど……」と断られた。
 山梨学院大の学長を務める古屋忠彦も同様だった。「あんたも大変だねえ。ウチはスポーツが強い。でもヴァンフォーレは弱い。そこに看板を出してもイメージアップにはならないよ」。

 いまでは両者ともに甲府の有力スポンサーになっているが、当時としては受け入れがたい注文だった。だが、この冷たい反応は思いのほか、プラスに働く。海野の闘志に火が付いたのだ。これを機に、広い人脈を生かした営業活動への熱が高まる。
 その結果、甲府は存続の条件である3つの数字を見事にすべてクリアした。1試合平均入場者は3130人、クラブサポーターの会員数は5588人、広告収入は約6000万円。チームは3年連続の最下位に終わったものの、設立後初の単年度黒字(約500万円)を計上した。そしてクラブの存続が決まる。

 海野は激動の1年をこう総括した。
「小さな町では大企業がバックについていない限り、Jリーグの経営は無理という人もいるが、この1年の経験から言うと、地域の企業の支援があればやっていける」
 甲府というクラブの命を救ったのは海野の力だけではない。それは海野が一番よく理解している。地域の力によってクラブは生き残り、力をつけ、真の意味で地域のものになっていく。

<第3回へ続く>

(協力:Jリーグ)

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