ゲイまで……深刻化するドーピング問題=違反選手に欠如するフェアプレー精神

及川彩子

「ばれなければラッキー」

 日本アンチドーピング機構のウェブサイトには「ドーピングはフェアプレーに反する行為。スポーツへの情熱を持ち、スポーツを愛するすべての人への裏切です」と書かれている。しかし、薬物を使用している選手の多くはそういった意識が低いというのが現実だ。「ドラッギー(薬物使用している選手の俗称)は、ばれなかったらラッキーって思っているんだ」と話すのは、米国の男子200メートル選手、ウォレス・スペアモン。米国で反ドーピングを訴える一人で、腕には「生まれ持った才能で、自然に」というタトゥーを入れている。05年ヘルシンキ世界選手権200メートルは2位(1位は米国のジャスティン・ガトリン。06年6月に2度目のドーピングで4年間の出場停止処分)、今年の全米選手権は200メートル4位だったが、ゲイのドーピング発覚によりモスクワ世界選手権への出場権を獲得するなど、ドーピング絡みで何かと影響を受けている選手の一人だ。

 米国女子400メートルでロンドン五銅メダルのディーディー・トロッターは、反ドーピング団体「Test me, I’m clean」(http://www.testmeimclean.org)を作り、活動している。
「ドーピングは多くの選手や関係者の人生を狂わす。ドーピングした選手のせいでメダルを逃した選手だけではなく、9位で決勝進出できなかった選手、代表に選ばれなかった選手……皆、それぞれ悔しい思いを感じながら生きていかなきゃならない。絶対にダメ」と熱く語る。

 スペアモンの言うように、「ばれなければラッキー」という考えの選手や関係者は年々増加する一方に見える。

各国でまん延 止める術はあるのか

 陸上競技のプロ化、商業化により、短距離や投てき選手だけではなく、中長距離選手にも違反者が増えている。国際陸連のサイトを見ると、ケニアやインド、モロッコ、トルコなど、数年前までは見られなかった国名の違反選手名がずらりと並ぶ。禁止薬物も興奮剤や利尿剤と言った古典的な薬物から、薬物使用を隠蔽するマスキング剤や長距離種目に効果があると言われるエリスロポエチン(通称EPO)など使用される禁止薬物の種類も変化してきている。

 10年のアジア大会、翌年の英連邦大会ではインド女子選手の活躍が目を引いたが、その後、大量の違反者が出た。ウクライナ人コーチが彼らの薬物を提供したとされている。20年の五輪招致で東京、マドリードと争っているトルコも、スポーツ界にドーピングがまん延している。ロンドン五輪の女子1500メートル金メダルのアスリ・チャクル・アルプテキンは2度目のドーピングで告発されているほか、6月に国際陸連が行ったドーピング検査で同国の30選手の検体が陽性反応を示したと報じられている。ここまで大人数だと、選手が自ら手を出したのではなく、コーチや関係者などが絡む組織的なものとしか考えられない。

 日本の陸上界でもマラソンの吉田香織(アミノバイタルAC)がEPOの使用で1年間の出場停止処分を受けているように、ドーピング問題は対岸の火事ではなくなってきている。
 現在、国際陸連の定める規定では、ドーピング(薬物使用)違反の初犯は2年間、2度目で永久資格停止処分が下されている。これは世界反ドーピング委員会(WADA)の規定に沿うものだ。05年に米国陸連が「ステロイド使用に対しては、初犯から永久失格を」という提案があったものの、WADAと足並みをあわせるために実行には至らなかった。
 国際陸連や各国の反ドーピング機関は、検査の頻度や精度を上げてはいるが、それでクリーン化が進むというような簡単な問題ではない。
 現状ルールの初犯2年というのは、十分なペナルティーにはなっていない。反省の色もなく、再び禁止薬物に手を出す選手が少なくない。努力を重ね、フェアに戦っている選手には不公平な状況だ。処分期間を初犯3、4年に伸ばすとともに、ドーピング使用が疑われる期間の記録や結果の抹消、獲得した賞金や出場料の返還、関係者の処分なども明文化、規則化する必要があるのではないだろうか。

<了>

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著者プロフィール

米国、ニューヨーク在住スポーツライター。五輪スポーツを中心に取材活動を行っている。(Twitter: @AyakoOikawa)

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