W杯予選で示せなかった「本田不在」の解=エースの絶対性を明白にした豪州戦

宇都宮徹壱

渋谷のスクランブル交差点封鎖に思うこと

5大会連続となるW杯出場を果たした日本。その中心にいたのは、紛れもなく本田(写真中央)だった 【写真:中西祐介/アフロスポーツ】

 来年のワールドカップ(W杯)出場が決まるオーストラリア戦当日、自宅でテレビをつけて作業をしていると、朝のワイドショーが「渋谷駅前のスクランブル交差点が封鎖される」という話題を取り上げていたので、しばし見入ってしまった。報道によれば、渋谷駅から2キロ圏内を「整理誘導区域」に指定。交差点周辺には、警察官や機動隊を数百人配置し、歩行者の斜め横断を規制するという。

 渋谷のスクランブル交差点といえば、2010年W杯の日本の快進撃に、若者たちが自然発生的に集まってきて、見ず知らず同士が歓声を挙げながらハイタッチをしている様子を、南アフリカ取材中にネットで見た記憶がある。このスクランブル交差点でのハイタッチは、W杯が終わって以降も継続され、3月26日のヨルダン戦のように試合に負けても行われていたようだ。しかし、いよいよ予選突破が決まるかもしれないという日になって、とうとう官憲による「スクランブル交差点封鎖」が断行されることと相成った。

 確かに、いろんな意見があることは承知している。周辺の飲食店やタクシーなど、実際に迷惑を被っている人たちもいるようだし、騒いでいる連中も普段はあまりサッカーとは縁のない「ただ騒ぎたいだけの人々」なのだろう。しかし一方で私が気になるのが、その中心にいる20代の若者たちの多くが「ドーハの悲劇」(1993年)も「ジョホールバルの歓喜」(97年)も知らない世代であることだ。02年W杯の時も学童で、当時の記憶はうっすら覚えている程度と思われる。そうした国民的な歓喜というものをほとんど知らぬまま、彼らは若者には決して優しくない今の時代を生きている。そうして考えると、過剰に思える彼らの喜びようにも、一定の同情の念を禁じ得ないのである。

 もちろん人に迷惑をかけたり、器物を破損させたりするのは論外である。「これがヨーロッパだったら」とか「南米だったら」などと言うつもりも毛頭ない。それでも、見ず知らずの日本人同士がW杯出場を喜び合い、一体感を味わえる場が一方的かつ強硬な手段で封鎖されてしまったことについては、何かしら割り切れぬものを覚える。今後、たとえば14年ブラジルW杯で日本がベスト8入りを果たしたとしても、われわれはお上の顔色をうかがいながら、こっそり喜びを分かち合うのであろうか。だとしたら、いささか寂しい話だと思う(その後の報道では、スクランブル交差点以外の場所で騒ぎがあったものの、大きなトラブルもなく収まったようである)。

本田と岡崎のスタメン起用で気になるプランB

 さて、周知のとおり日本はオーストラリアと1−1で引き分け、5大会連続でW杯本大会出場を決めた。「世界最速」での本大会出場は3大会連続だが、ホームで決めたのは今回が初めて。そして1位での予選通過は06年ドイツ大会以来のことである。その一方で、アジアのライバルであるオーストラリアに対して、またしても90分で勝利することがかなわなかったのは、何とも残念な限り。確かに、ブラジル行きの切符を手にしたのはうれしいが、これで5回目の出場であること、そしてこの日の試合結果を考えると、個人的には「喜び半分」というのが正直な心境である。

 あらためて、試合を振り返ってみよう。この日の日本のスターティングイレブンは以下の通り。GK川島永嗣。DFは右から内田篤人、吉田麻也、今野泰幸、長友佑都。MFは守備的な位置に遠藤保仁と長谷部誠、右に岡崎慎司、左に香川真司、トップ下に本田圭佑。そして1トップは前田遼一。試合前日の朝に合流した本田と岡崎をあえてスタメンに起用してベストメンバーを組んだところに、この2人に対する指揮官の並々ならぬ期待が感じられる。ただし彼ら(特にけが明けの本田)を90分フルで使うのは、どう考えてもリスクのある話。もし70分を過ぎても勝負を決め切れない状況になった場合、ザッケローニがどんなプランBを考えているのか、非常に気になるところだ。

 前半は、遠藤のFKとミドルによる際どいシュートが飛び出すなど、日本が序盤から攻勢を見せる。トップ下の本田にボールがうまく収まり、香川が積極的にゴール前の狭いスペースに飛び込む動きを見せるが、ニールとオグネノブスキの屈強なセンターバックコンビに行く手を阻まれ、なかなかフィニッシュまで持ち込めない。対するオーストラリアは、空中戦に強い1トップのケーヒル、スピードと運動量のある両サイドのクルースとオアー、そして強烈なミドルを得意とするホルマンなど、一芸に秀でた攻撃陣の個の力を押し出して反撃を試みる。何度かヒヤリとさせられるシーンはあったものの、ブルガリア戦の反省を生かした的確なマークの受け渡しと献身的な守備により、前半は0−0で終了する。

 後半になると、香川が左サイドに張り出して起点となることで、香川−本田−長友というラインに流動性が生まれ、日本の前線はさらに活性化していく。セットプレーのチャンスも増え、本田が直接狙う場面も2度あった。それでも、オーストラリアの手堅いディフェンスと不惑の守護神シュワルツァーの冷静なセーブに遭い、スコアレスの状態は続く。確かに、質の高いサッカーを見せているのは日本だが、後半25分(70分)を過ぎると、そろそろ本田と岡崎のコンディションが心配になってくる。いったいザッケローニは、いつまで彼らを引っ張るつもりなのだろうか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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