W杯予選で示せなかった「本田不在」の解=エースの絶対性を明白にした豪州戦

宇都宮徹壱

本田依存を露呈したザッケローニ

こうちゃく状態の試合を打破するプランBを提示できず、本田に依存するさい配となってしまったザッケローニ監督 【写真は共同】

 先に動いたのはオーストラリアのベンチだった。後半27分、ホルマンに代わってビドシッチ。この交代について監督のオジェックは「ダリオ(ヒドシッチ)のほうがテクニカルなMFなので、あの時点では中盤を強化しなければならず、彼を投入した」と語っている。だが、もしオーストラリアが勝つ気満々であったなら、むしろ194センチの長身FWケネディを出すべきではなかったか。前線でケーヒルとケネディを並べて、パワープレーに徹したほうが、日本にとって相当な脅威となったことだろう。ところがオジェックは、むしろ中盤の安定を優先させた。結果、相手の真意がはかりかねず、ザッケローニはぎりぎりのタイミングまでコーチングボックスで逡巡(しゅんじゅん)することになる。

 結局、ザッケローニが「0−0でもよし」と決断したのは、後半34分のことであった。前田に代えて栗原勇蔵。1トップに本田、トップ下に香川、左MFに長友が上がり、そして左サイドバックには今野がスライドする。ところがこの3分後、オアーが左サイドから放った山なりのクロスが、そのまま川島のグローブをすり抜けてオーストラリアが先制する。ほとんど「事故」のようなゴールだが、日本にしてみれば失点したことに変わりはない。急きょプランは変更され、今度は内田を下げてハーフナー・マイクを投入する。最初はFWを削ってDFを入れたのに、その6分後には逆の交代をせざるを得なかったところに、日本ベンチの狼狽(ろうばい)ぶりが見て取れる。

 そして後半42分、ようやく岡崎をベンチに下げて、清武弘嗣がピッチに送り出される。ザッケローニとしても、ここまで岡崎を引っ張るつもりはなかったのだろう。試合後の会見では、本田についても「ペースが少し落ちてきたところで交代を考えた」と語っている。もしその判断が下されていたら、試合の結果はずい分と違ったものとなっていたはずだ。結果としてザッケローニは、試合がこう着した場合のプランBを提示することができず、けが明けでコンディションが万全ではない本田に依存せざるを得なかった。

 後半45+1分、ショートコーナーから本田が中に折り返したクロスが、ペナルティーエリアにいたマッケイの手に当たり、日本はPKをゲット。この千載一遇のチャンスに、本田自らが大胆不敵にもゴール正面に蹴り込み、試合を1−1に引き戻す。直後に終了のホイッスルが鳴り、ここで日本の予選突破が決まった。

「コンフェデでは優勝するつもりでいく」

 このオーストラリア戦は、心理戦としても非常に興味深いものがあった。とりわけ、残り20分となってからの、両監督の「勝ち点3か1か」をめぐる心理的な駆け引きは、そのままベンチワークにも影を落とした。この試合、日本は引き分け以上で本大会出場が決まる。残り2試合をホームで戦えるオーストラリアにしても、アウエーの日本戦での勝ち点1は悪い話ではなかった。オジェック自身、「今回はアウエーだし、グループ1位の日本から勝ち点を取ることで、非常に大きなことを達成できたと思う」と語っている。

 ザッケローニとオジェック、両者のリアリズムがシンクロすれば、この試合はスコアレスドローで終わる可能性は多分にあっただろう。そこに思わぬ波乱を起こしたのが、オアーの奇跡的なゴールであった。そして、このアクシデントをリカバーできたのは、ザッケローニのさい配ではなく、選手たちのネバー・ギブアップの精神と6万人のサポーターの後押し、そして本田の強じんな精神力に負うところが大きかった。

 本田の特徴について指揮官は「彼は2つのクオリティーを兼ね備えている。ひとつはチーム内に多くいるのだが、強いパーソナリティーを持っていること。もうひとつは日本人離れしたフィジカルの強さがあり、ボールが収まるということ」と語っている。だがそれらに加えて忘れてはならないのが、その不屈のメンタリティーと飽くなき向上心であろう。PKを決めたときは、さすがにゴール裏に駆け寄って雄たけびをあげていた本田であったが、試合終了時は実にクールな表情を保っていたのが印象的であった。試合後のインタビューで「コンフェデレーションズカップでは優勝するつもりでいく」と語ったのも、きっと本心だろう。予選突破の余韻に浸ることなく、本田の視線はしっかりとブラジルを見据えている。

 思えば今回のアジア予選では、ずっと「本田不在でどう戦うか」という命題をずっと突き付けられていたように思える。実際、今予選での日本は3次予選で2敗(ホームでのウズベキスタン戦、アウエーでの北朝鮮戦)、そして最終予選で1敗(アウエーでのヨルダン戦)しているが、いずれの試合も本田は欠場している。これは決して偶然ではないだろう。「前線でボールが収まらない」とか「フィジカルの強さで対抗できない」といった戦術面とは別に、その人並みはずれたメンタリティーと向上心、そしてそれらを基盤とした確固たる自信こそが、今のチームには不可欠だったのではないか。

 いみじくも今回のオーストラリア戦は、本田が現在の日本代表に絶対的な存在であることを内外に示したと同時に、今予選ではとうとう「本田不在」の解が見つからなかったことを露呈する結果となった。とはいえ、本大会までまだ1年ある。今後も想定される「本田不在」の状況に、指揮官がどのようなアプローチを試みるのだろうか、引き続き注目したい。予選突破が決まり、新たなフェーズに突入した日本代表。その最初の試金石は、10日後の15日に開幕するコンフェデレーションズカップだ。

<了>

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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