錦織とナダル、勝負を分けたワンゲーム=全仏オープン

内田暁

4回戦でナダルに敗れた錦織圭。互角の展開から、勝負を分けたポイントとは 【Getty Images】

 テニスの今季四大大会第2戦、全仏オープン第9日が3日、フランス・パリのローランギャロスで行われ、男子シングルス4回戦では、錦織圭(日清食品)がラファエル・ナダル(スペイン)に0−3で敗れ、佐藤次郎以来80年ぶりの日本男子ベスト8進出はならなかった。

『レキップ』が伝えた3つの数字

 フランスの権威あるスポーツ紙『レキップ』が、錦織対ナダル戦当日の朝刊に、錦織にまつわる3つの数字に注目した記事を載せた。

 1つ目の数字は、112。これは、記者やフォトグラファー、テレビ関係者など全てを含めた、今大会の日本人報道者の人数だ。

 2つ目は、8。今大会で既に3勝を上げていた錦織が、今シーズンのクレーコートで手にした勝ち星の数である。さらに記事は、約1カ月前に錦織がフェデラーを破ったことや、今季は過去最高のクレーシーズンを送っていることなどにも触れていた。

 そしてもう1つの数字が、75。これは、日本人選手が最後に全仏オープンでベスト16に進出してから、今日までに経過した年数である。
「歴史的な日本人」
 記事は、そのような見出しを冠していた。

「僕は、歴史が得意じゃないんで……」
 3回戦で、地元フランスの新鋭ブノワ・パイユを破った後の、会見のことである。米国人記者に、75年前に全仏ベスト16に進んだ中野文照について聞かれた錦織は、中野のことは全く知らないと答え苦笑した。「勝つ度に歴史だ記録だと言われるけれど、自分にとっては、3回戦や4回戦まで勝ち進むのはシード選手として普通のこと」とさらりと言ってのけるその言葉に、おごりや不遜の響きは微塵もない。どこまでも自然体でさりげなく、錦織は“75年”という歴史をも、日常の一部として軽やかに超越した。

 くしくも……と言うべきだろうか。この錦織とほぼ同じ言葉を、ナダルの口からも聞くことができた。今大会で8度目の全仏タイトルを追うナダルは、同大会の最多勝利数や、歴代3位タイとなるグランドスラム優勝回数など、数々の記録を掛けて戦ってもいる。
 だが、それらの数字についてたずねられると、「僕は歴史や記録は気にしていない。そういう分析は、キャリアを終えた選手でやるべきだ。確かに僕は、良い選手として人々の記憶に残りたい。でも今は日々全力を尽くすだけ。あと数年は、良いプレーをし続けたいんだ」と応じたのだ。

 歴史や記録などは、一瞬が全てを決する世界に生きる、彼らアスリートには無関係のものだ。歴史を刻みながらも、今を戦う――そのような文脈で、二人のテニスプレーヤーは似た境遇にいる。“75年に一人”の名を与えられた錦織圭は、85年の歴史を誇るローラン・ギャロスのセンターコートで、全仏史上最高の選手であるラファエル・ナダルと対峙した。
 2013年6月3日。この日は“キング・オブ・クレー”の、27回目の誕生日でもあった。

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著者プロフィール

テニス雑誌『スマッシュ』などのメディアに執筆するフリーライター。2006年頃からグランドスラム等の主要大会の取材を始め、08年デルレイビーチ国際選手権での錦織圭ツアー初優勝にも立ち合う。近著に、錦織圭の幼少期からの足跡を綴ったノンフィクション『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)や、アスリートの肉体及び精神の動きを神経科学(脳科学)の知見から解説する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。京都在住。

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