朝日健太郎が語るビーチバレーの醍醐味=“自分自身をデザインできる”魅力とは

ビーチバレースタイル

フィジカルに自信がある選手はビーチ向き

ビーチに向いている選手、ビーチ発展のための方法など、持論を語った朝日氏(奥) 【日本ビーチ文化振興協会】

 先日、全日本女子バレーの真鍋政義監督にお会いしたときに、「まさか、お前がビーチバレーに転向するとは思わなかった」というお言葉をいただきました(笑)。

 転向当初は、パスすらできませんでした。ビーチバレーのリズムに体をなじませるのは、すごく難しかったです。今シーズン、転向した直弘選手も、同じ状況だと思いますよ。ビーチバレーは、砂、風という不規則な環境で行うので、ボールにつられて先に動いてしまうと、どうしてもボールと合わない。そこが、インドアバレーやバスケットボールなどフロアスポーツと大きく違うところです。

 選手心理として、ボールが遠いところにあり、落下地点が予測できるのであれば、少しでも早く落下地点に動きたくなります。それに、不安にもなります。しかし、ビーチではセットにしてもスパイクの助走にしても、ボールの下に早く入り過ぎると、風などの影響によりボールの軌道が変わってしまうため、ボールに対して正確にアプローチすることができません。ボールの軌道を見極めて動く。ビーチバレー独特のリズムを体に浸透させることが、大切なのです。

 自分自身、完全に習得できていたかどうかは分かりませんが、技術というのは、しっかり練習していけば、後からついてくるもの。インドアバレーでクイックを打つこと、ブロックに跳ぶことしかできなかった不器用な僕が、ビーチバレーの世界で生きてこれた要因としては、フィジカルの強さが挙げられると思います。
「高いジャンプをし続ける」、「強いボールを打ち続ける」。それを実現するため、土台となる「強い体」があれば、それで良い。

 僕自身が180センチ台(朝日氏の身長は199センチ)だったら、そのほかの要素も当然求められたと思いますが、たとえ、身長が小さくても「拾い続ける」ことができれば、身長が大きい選手と対等に戦えるのが、ビーチバレーです。
 ロンドン五輪では身長190センチ同士のラトビアの男子ペアが銅メダルを獲得しました(優勝したドイツぺアはブリンク選手が185センチ、レッカーマン選手が201センチ。また、準優勝のブラジルペアはリカルド選手が203センチ、エマニュエル選手が190センチ)。先日中国で行われた「FIVBワールドツアー福州オープン」では、レシーバーが身長179センチ、ブロッカーが190センチにも満たないオーストリアのチームが3位に入りました。
 190センチ後半から200センチ前半の選手たちがゴロゴロいますが、10センチ以上の身長差があっても、「高く跳び、強いボールを打ち、拾い続ける」というビーチバレーの基本が維持できれば、世界のトップクラスに食い込める可能性があるのです。

 インドアバレーをやっている選手の中で、フィジカルに自信があるという選手は、ポジションや身長関係なく間違いなくビーチバレー向きです。インドアバレーで高い地位を目指すより、ビーチバレーで世界を目指す方が、ハードルは低いと思います。なぜならビーチバレーは、「自分で自分をデザインできる」競技だから。僕自身、最初の3年間は負け続けてきましたが、それでも自分で練習やフィジカルトレーニングを組み立てることには、とても面白味を感じていました。自主性を前面に出したいという選手は、絶対ビーチバレーがおすすめです。

ビーチバレーを発展させていくために

 五輪競技としていろいろな可能性を秘めているビーチバレーですが、国内では「どこでやっているのか?」、「どこで見ることができるのか?」という声も聞かれるなどPR力もまだまだですし、認知度が低いことは否めません。

 今後、ビーチバレーを発展させるにはどうしたらいいか、という答えを探すために、僕自身がスポーツビジネスについて深く勉強したいと思い、仕事の合間を縫ってこの春から大学院に通っています。

「人はなぜ、ビーチバレーを始めるのか」。競技者の皆さんにリサーチを始めたところ、その多くは「大会出場」がきっかけだと言います。ところが現在、中学、高校、大学のビーチバレーの全国大会は年に一度しかありません。ブロック大会やリーグ戦も存在しません。

 インドアバレーの選手たちは、ビーチバレーに触れる機会が圧倒的に少ないため、どうやったらいいかわからない状態でしょう。同じ競技だけれど、まったく別の競技として捉えている人も多いのではないでしょうか。

 ビーチバレーがボトムアップを遂げていくためには、やりがいのあるジュニアの大会数を増やすこと。それが入口を広げることにつながり、出発点になります。ジュニア時代に一度でいい。ビーチバレーの経験を積めれば、「ビーチバレーはこういうものなんだ、同じバレーボールなんだ」と心にすりこまれ、そこで初めて選択肢ができるのです。

 今後は、バレーボール、ビーチバレーに関わるデータを収集し、「人はなぜ、ビーチバレーを始めるのか?」、「なぜ、ビーチバレーを始めないのか?」など、いろいろな切り口から分析して解明していきます。

 そして研究の成果を何年かかっても必ずビーチバレーの普及に生かしていきたい。プランが固まりましたあかつきには、このコラムの続編としてご報告させていただきます(笑)。

<了>

朝日健太郎/KENTARO ASAHI

朝日健太郎 【坂本清】

1975年9月19日生まれ、熊本県熊本市出身。中学校からバレーボールを始め、高校は名門の鎮西高に進学した。身長199センチのミドルブロッカーとして頭角を現し始め、法政大学4年のときに全日本に初選出される。卒業後はサントリーに入社し、1998年の世界選手権でブレイク。男子バレー人気を築き、全日本の主力として活躍した。2002年、「もう一度ゼロから自分を試したい」という理由で、ビーチバレー転向を決意。その後、2007年にワールドツアーマルセイユオープンで世界4位、2008年には悲願の五輪出場を果たし、ビーチバレー男子史上初の1勝を挙げ9位となった。2012年にはロンドン五輪に2大会連続となる出場を果たし、同年9月に現役を引退。現在は、フォーバルに所属しながら、日本ビーチ文化振興協会の理事長を務め、普及活動に取り組んでいる。2013年4月からBSフジの『Volleyball Channel』でメーンMCを務める

BeachVolleyballPhotoBook 〜2009〜2012 時代を築いてきた者たち〜

『BeachVolleyballPhotoBook 〜2009〜2012 時代を築いてきた者たち〜』表紙 【写真/ビーチバレースタイル】

ビーチバレーの一時代を築いてきた浅尾美和、西堀健実、浦田聖子、朝日健太郎、白鳥勝浩、西村晃一…。彼ら、彼女たちのシンボルである、砂の上を華麗に舞う肉体美をここに凝縮。男女合わせて1冊の写真集、勝負のシーズンに向けてインタビューも収録。

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著者プロフィール

2009年4月創刊。国内トップ選手の情報、大会レポート、技術指導、トレーニング論など、ビーチバレーを「見る」「やる」両方の視点から、役立つ情報が満載。雑誌のほかに、ビーチバレースタイルオンラインとして、WEBサイトでも大会速報、大会レポートなど、ビーチバレーに関する報道を行っている。

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