パク・チソンが過ごした屈辱の日々
キャリア晩年の悲劇から再起果たせるか

奮闘する元韓国サッカー界のスター

韓国サッカー界最大のスターとして活躍してきたパク・チソンだが、QPRでは苦しいシーズンを過ごしている
韓国サッカー界最大のスターとして活躍してきたパク・チソンだが、QPRでは苦しいシーズンを過ごしている【Getty Images】

 マンチェスター・ユナイテッドのサー・アレックス・ファーガソン監督が退任するニュースは、ビッグニュースとして世界を駆け巡った。


 その一方、昨季までユナイテッドに所属していた韓国のビッグスター、パク・チソンの去就を巡っては、英国のどのメディアも大きく報じてはいない。とはいえ、彼はプレミアリーグにおけるアジア人選手の先駆者の1人であり、いまだにその知名度と影響力は韓国のみならず、英国及びアジア地域では絶大である。


 わたしが直近でパクのプレーを見たのは、クイーンズ・パーク・レンジャーズ(QPR)対アーセナル戦(5月4日)である。スウォンジーの本拠地リバティでマンチェスター・シティ戦の試合取材を終え、正面玄関でタクシーを待つ。すると、ロビーのテレビ画面には左サイドで奮闘するパクの姿が映し出されており、思わずくぎ付けになった。


 時代の変遷を痛感するには、これ以上ない絶好のロケーションだった。


 現在、韓国サッカー界最大のスターは、スウォンジーのキ・ソンヨンである。24歳の守備的MFはパスセンスに優れた逸材であり、端正なマスクの持ち主ともあって女性人気は絶大。マンチェスター・シティ戦ではベンチ入りすら果たせなかったが、多くの韓国人とおぼしき女性ファンが、遠路はるばるウェールズ第二の都市まで応援に駆けつけている(ちなみにロンドンからスウォンジーまでは電車で約3時間半、筆者の拠点であるマンチェスターからは電車で4時間半かかる)。

引き裂かれたパクのプライド

 韓国において最も注目を集めているプレミアリーグのクラブは、もはやマンチェスター・ユナイテッドではなくなってしまったのだ。パクが去り、ユナイテッドへの韓国人ファンの熱はすっかり冷めてしまっており、平均視聴率は3位(0.497%)。1位がキ・ソンヨンのスウォンジーで1.039%。そして、パクのQPRが1.025%で2位と続く。


 とはいえ、ダントツの最下位で降格したQPRのTV放映では高視聴率を保っているだけに、パクの存在感は健在とも言える。また、韓国のオンラインゲームメーカーNEXON(ネクソン)は、スウォンジー同様、QPRにもスポンサードしている。


 では、今季のパクのパフォーマンスはどうだったのだろうか?


 アーセナル戦の翌日、英国各紙のパクへの評価は厳しかった。高級紙『タイムズ』の採点は「5」。大衆紙『サン』の採点も「5」で、その寸評は「けがに泣かされたシーズンであり、さび付いた印象は残る。試合へのインパクトも皆無」と酷評している。


 QPRでの公式戦出場はここまで24試合(リーグ戦19試合、カップ戦5試合)。ゴールはいまだにない。ユナイテッドでは毎年ゴールを積み重ね、その圧倒的な走力とアシスト力でチームの勝利に貢献してきただけに、これは寂しい数字である。今季は膝のけがに泣かされ、本人は満足のいくパフォーマンスを残せなかった。今年3月末には英国各メディアがパクの父親のコメントを報じている。

「すでに引退の決意を固めたと思う。わたしの息子はもう十分にプレーしたと感じているようなんだ。PSV(オランダ)でも、マンチェスター・ユナイテッドでもこんな(困難な)シーズンを過ごしたことはなかったよ」


 QPRは昨年の夏、オーナーである航空会社エアアジアのトニー・フェルナンデス(マレーシア国籍)が、大型補強を敢行している。パクを含む代表クラスをかき集め、鼻息荒く、プレミア昇格2年目に挑んだのだ。

 ところが12試合勝利なしという最悪なシーズンスタートとなり、マーク・ヒューズ監督は昨年11月に解任されてしまう。後任には老将ハリー・レドナップが就任。そして年が明けた1月には、今季からキャプテンを任されていたパクが、レドナップによってその座をはく奪され、34歳のベテランDFクリント・ヒルが新キャプテンに指名された。「クリントは素晴らしい人格の持ち主。われわれは残留争いをしており、彼のような選手が必要なんだ」と指揮官は語ったが、このはく奪により、指揮官はパクのプライドをズタズタに切り裂いた。そして、この2カ月後に前述した父親による「引退」コメントが流れているのだ。

鈴木英寿

1975年生まれ。仙台市出身。仙台一高、東京理科大学卒。『週刊サッカーダイジェスト』編集記者を経て、2005年に退社。2006年からFIFA.com日本語版編集長を務め、FIFAドイツ・ワールドカップ、FIFAクラブワールドカップの運営に携わる。2009年、ベガルタ仙台のマーケティングディレクターに就任。2010年末より当時経営難に陥っていた福島ユナイテッドFCのアドバイザーを務め、2011年2月から2012年7月までは同クラブ運営本部長として、経営難と東日本大震災という二度の難局を乗り切った。2012年8月よりFIFA.comに復帰し、9月より渡英。現在はプレミアリーグ、チャンピオンズリーグなどの現場を取材しながら『Number』や『ワールドサッカーダイジェスト』などに記事や翻訳を定期的に寄稿中。訳書に『プレミアリーグの戦術と戦略』(ベスト新書)。

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