長谷川穂積は今もなぜ、戦い続けるのか=最強王者への挑戦表明に込めた明確な回答

城島充

ボクシングが好きだから、戦い続ける

 防衛レコードを伸ばしていたころの心境について、長谷川は筆者のインタビューにこう答えてくれたことがある。

「勝つたび、負ける怖さが膨らんでいくんです。怖いから、厳しい練習と減量に耐える。その繰り返しのなかで、自分以外のなにかにモチベーションを重ねようとした部分はあるかもしれません」

 それは例えば、山下正人会長と一緒に所属ジムを移籍し、新しいジムの歴史を作っていく使命感だった。2階級制覇の偉業も、ガンと闘う母親を勇気づけたいという切実な思いが拳に力を与えてくれた。だが、今は違うと長谷川は言う。

「もう形として証明したいものはありません。フェザーのベルトを失った試合や再起戦は気持ちをうまく整理できませんでしたが、そうした経験を経て、自分がボクシングをほんまに好きやということがやっとわかったんです。好きやから、やる。今はこのシンプルなモチベーションだけでリングにあがれます」

 だからこそ、彼は控え室であの男の名前を出したのではないか。

「絶対に勝てへんと思う相手のほうがやりがいがある」

 4月から日本ボクシングコミッション(JBC)がIBF、WBOを承認し、ボクシング界は4団体承認時代を迎えた。長谷川にとってもベルトを狙うターゲットが増えたが、誰とどんなファイトをして3つめのベルトを巻くか、その内容がこれまで以上に問われることになる。
 スーパーバンタム級はWBCがビクトル・テラサス(メキシコ)、IBFがジョナサン・ロメロ(コロンビア)、そしてWBAとWBOを統一している王者が、スーパースターのノニト・ドネア(フィリピン)に完勝したギジェルモ・リゴンドウ(キューバ)だ。

 リゴンドウはかつて五輪を連覇したサウスポーのアマエリートだが、ドネア戦で極めて高性能なボクシングを世界中にアピールした。現在、WBOで2位、WBCで5位にランクされる長谷川は「OとCしかターゲットに考えていない」としながら、リゴンドウへの挑戦により強い意欲を見せた。
「めちゃくちゃ、強いっすよ」
 報道陣からリゴンドウの印象を聞かれて即答したあと、続けた言葉も敗北の恐怖と向き合い続けた王者時代とは明らかに違った。
「勝てへんと思うほど凄い相手のほうが、やりがいがある。噛ませぐらいの感じでやったほうが自分の力が出せる」

 世界戦のマッチメイクはさまざまな思いが交錯し、なかなかボクサーの思いどおりに交渉は進まない。だが、もし、リゴンドウに挑戦できれば……。
 長谷川穗積は、ボクシング人生の集大成を最高の形で見せてくれるかもしれない。

<了>

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著者プロフィール

関西大学文学部仏文学科卒業。産経新聞社会部で司法キャップなどを歴任、小児医療連載「失われた命」でアップジョン医学記事賞、「武蔵野のローレライ」で文藝春秋Numberスポーツノンフィクション新人賞を受賞、2001年からフリーに。主な著書に卓球界の巨星・荻村伊智朗の生涯を追った『ピンポンさん』(角川文庫)、『拳の漂流』(講談社、ミズノスポーツライター最優秀賞、咲くやこの花賞受賞)、『にいちゃんのランドセル』(講談社)など

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