日本敗北の理由は「運」だけなのか?=違いが表れた両チームのベンチワーク

宇都宮徹壱

歴史的勝利にタガが外れたヨルダンの人々

攻撃陣の連携は悪くなかった。前田(右)が2度の決定機を決めていれば、試合の流れも変わっていたはずだ 【Getty Images】

 両チームの監督会見の取材を終えて、プレスカンファレンスルームを出ると、スタンドからヨルダンの勝利を祝う太鼓の音が聞こえてきた。選手のミックスゾーン対応もすでに終わっていたので、急いでホテルに戻ろうとスタジアムを後にすると、すぐさま地元の少年たちに囲まれた。彼らは日本人の私を見つけると、いきなり何か叫びながら腕をむんずとつかみ、カメラのストラップを引っ張り始めた。最初は苦笑まじりにいなそうとしたが、次第に雰囲気が尋常でないことを悟ると、強引に振りきって早足でその場を立ち去った。海外のスタジアムで久しぶりに感じる、狂おしいまでの高揚感。日本に2−1で勝利したことで、普段は温和なヨルダンの人々は明らかにタガが外れてしまっていた。

 危なっかしい連中から逃れて、タクシーを拾うべく交通量の多い道路脇に立っていると、今度は運転中のヨルダン人から激しいクラクションを鳴らされたり、「ヘイ・ジャパン!」「ニイハオ!(日本語だと思ってるらしい)」などとさんざん野次(やじ)られる羽目に陥った。アウエーで日本が敗れる試合は、これまで何度か立ち会ってきたが、これほど屈辱的な気分を味わうのも、ずい分と久しぶりである。およそ15分ほど、そうした状況が続いただろうか。ようやくタクシーを捕まえてホテルにたどり着くまで、一時も緊張感が途切れることはなかった。今回は日本からも、500人以上のファンやサポーターがアンマンまで駆けつけたそうだが、あの混乱の中から無事に帰還できたのだろうか。

 さて、周知のとおり日本はヨルダンとのアウエー戦に敗れたため、世界最速での本大会出場を敵地で果たすことはかなわなかった。この試合に先立って行われたオーストラリア対オマーンの試合は2−2の引き分けに終わっている。勝ち点5で並ぶ両者が1ポイントを分け合ったため、日本はこのヨルダン戦に引き分けても予選突破が決まることになっていた。だが対するヨルダンにしても、この日本戦はグループ最下位から2位に浮上する絶好のチャンス。戦力差は歴然としていたものの、それでもヨルダンがアジア王者を相手に本気で勝ちに来ていたことは、この日の彼らの戦いぶりからも明らかである。では、両者の明暗を分けたものは、果たして何だったのだろうか?

なぜ日本のベンチワークは後手に回ったのか?

 まずは日本側から、その原因を探ってみることにしたい。この日の日本のスターティングメンバーは、以下のとおり。GK川島永嗣。DFは右から内田篤人、吉田麻也、今野泰幸、酒井高徳。中盤は守備的な位置に長谷部誠と遠藤保仁、右に岡崎慎司、左に清武弘嗣、トップ下に香川真司。そしてワントップは前田遼一。カナダ戦で及第点以上の働きを見せた中村憲剛ではなく、香川をトップ下でスタメン起用するアルベルト・ザッケローニ監督の判断には、ちょっと驚かされた。この攻撃のユニットは相当に前掛かりな印象を受ける。引き分けでもよい日本だが、あえて攻撃的な布陣でスタートし、早い段階で試合の流れを決めたいとする指揮官の意図が、このリストからも強く感じられる。

「試合の入り方は悪くなかったと思うし、最初に決定的なチャンスが何度もあったので、そこで決めていれば結果は違ったものになったはず」(岡崎)
「皆さんがどう感じていたかは分からないけど、全然悪くはなかったし、ゴールに迫るシーンもあった」(清武)

 実際、前半の日本は決して悪くはなかった。特に清武、酒井高、そして遠藤による左サイドでのトライアングルがよく機能していたし、香川もパスの起点や受け手になりながら何度もチャンスに顔を出していた。ただし仕掛けは作るものの、フィニッシュでの精度を欠いていたのはいただけない。特に、昨年9月11日の対イラク戦以来のゴールを期待されていた前田は、前半14分と23分に2度の決定機を迎えるものの、前者はGKに、後者はバーに阻まれて得点ならず。もちろん前田ひとりを責めるべきではないが、このチャンスをつぶしてしまったことが、のちのち日本を苦しめることとなったのも事実である。

 チャンスは作っている、けれども決め切れない。前半アディショナルタイムと後半早々に失点してからの日本ベンチは、このジレンマに逡巡(しゅんじゅん)を続けることになる。トップ下に中村を入れるという選択肢もあっただろうが、そうなると誰をベンチに下げるのか。香川も清武も岡崎も十分に機能している。変にいじりすぎてバランスが崩れることを、おそらくザッケローニ監督は何より恐れていたと思われる。4人のユニットのうち、最初のカードを切るなら前田であろう。しかしベンチが動いたのは後半19分。10分遅かったと思う。結果、乾貴士の投入も後半41分までずれ込んでしまった。

 香川を中心とした今回の攻撃のユニットは、それなりに機能していたために、かえって状況に応じたメンバーの入れ替えを難しくさせてしまった。前半途中から投入された5番のハサンのマークをかわすために、清武と岡崎のポジションを入れ替えた判断は良かったが(その結果、後半24分の香川のゴールが生まれた)、その後のさい配は後手後手に回った感は否めない。あくまで結果論ではあるが、スタートの時点で中村をトップ下に使っていたら、選手交代のバリエーションが増えることで違った展開もあり得たのではないか。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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