ベッカムは欧州のピッチで輝けるのか=PSG入団で浮かんだ5つの問い

木村かや子

センセーションを巻き起こした緊急入団記者会見

PSG入団会見で穏やかな笑みを浮かべるベッカム。この移籍は世界に驚きを与えた 【写真:PanoramiC/アフロ】

 1月31日の朝、パリ・サンジェルマン(PSG)は、夕方17時から緊急記者会見を行うとだけ書かれた、思わせぶりなプレスリリースをいっせいに流した。何のための会見か、誰が出席するかについての明記は一切なし。おそらく驚き効果を狙ってのことだったのだろうが、デイビッド・ベッカムのPSG入団が切迫しているとのうわさは、ドーバー海峡の向こうからすでに漏れ出していた。

 そして指定時間からかなり遅れた17時45分、エレガントなスーツに身を包んだベッカムが、会長のアル・ケライフィ氏、スポーツ・ディレクターのレオナルドを後ろに従え、多国籍のメディアがひしめくパルク・デ・プランス(PSGの本拠地)の記者会見場に、静かな足取りで入場した。ベッカムの目線を取ろうとするカメラマンたちが押し合いへし合いしながら、「デイビッド、デイビッド」と叫び、オウディトリウム(劇場ホールの意)と呼ばれる会見場がたちまちカンヌ映画祭の色を帯びる。穏やかな笑みを湛えるベッカムの横で、うれしさを隠しきれない様子のカタール人会長は、「今日は、素晴らしい日だ」と感慨深げに口火を切った。

 ベッカムはPSG入団を決めた理由を、よどみのない口調で次のように要約した。「PSGが(ここ1年半に)やってきたこと、どのような選手を連れてきたかを見て、彼らのプロジェクトに確信を持った。PSGはこれから10年、20年と伸びていくチーム。PSGが欧州の強豪の一角に育つ手助けをするため全力を尽くしたい。このような野望を持った急成長中のクラブの一員となれることを誇りに思うと同時に、この挑戦にすごくわくわくしている」

 契約自体、また5カ月という短い契約期間も小さな驚きを誘ったが、おそらく記者たちが最も驚嘆したのは、ベッカムがPSG在籍の間の給金をすべて恵まれない子供たちのためのチャリティー活動に寄付することを明かしたときだった。「その意味で、この契約はユニークだ。給金に当たるお金を恵まれない子供たちのために役立てるというのは素晴らしいアイデアだと思った。その点でも強い魅力を感じた」とベッカムは言う。

 サプライズに満ちた会見を終え、ミラン時代と同じ背番号32の新ユニホームを披露したあと、ベッカムはロンドンに戻るためパルク・デ・フランスをあとにするのだが、その前に、ニュースを聞きつけてパルクの周りに押し寄せていた400人近いファンたちのために足を止め、ファンサービスすることも怠らなかった。穏やかな笑みを浮かべてきさくに握手の手を差し伸べるベッカムに、普段はやや荒っぽいサポーターたちまでが子供のように興奮してベッカムの名を叫んだ。こうしてすべてにおいてプロフェッショナリズムと品格を見せたベッカムの記者会見は、クラブ首脳陣が望んだとおり、大成功のうちに幕を閉じたのである。

「感激派」と「疑心暗鬼派」に分かれる反応

 その瞬間から、全フランスがベッカムの話で持ちきりとなったことは言うまでもない。リーグ1の選手たちは、新聞の電子版やツイッターなどを通し、次々に興奮の声を上げた。「PSG、僕らにこれらのスターたちと対戦する機会を与えてくれてありがとう!」と書いたのは、レンヌのローマン・ダンゼだ。またやはりレンヌのローマン・アレッサンドリーニは「彼はサッカーに軌跡を残した選手。僕を含め皆が彼のプレーを観察するだろう。そしてもし彼と対戦したら、彼とユニホームを交換するため猛ダッシュするよ!!」とコメントした。

 ロンドン、また米国で済まさなければならない仕事が残っているため、ベッカムは会見から2月12日のチャンピオンズリーグ(CL)までの間、旅を差し挟みながらアーセナルで仮の練習を積んでいた。12日のCL、バレンシア戦でチームと合流するが、全体練習参加は13日から。つまり会見から10日以上が経った12日の時点で、ベッカムはまだPSGでの練習どころか、フランス入りもしていない。それでもテレビは毎日何かしらベッカムの特集を組み、新聞にはベッカムの細かなスケジュールや、プレーの展望記事などが掲載されている。PSGはベッカムの初参加となる13日の練習の取材に、プレスパスの申請を要求するという異例の措置をとった。おそらく本格的な大騒ぎはこれからだろう。

 幸い、いまのところフランスでの騒ぎは、少なくともサッカーを軸にしている。フランス代表監督ディディエ・デシャンを含め、監督たちはベッカムのPSG入団を「フランスリーグに脚光を集めるという意味で非常に良いこと」として歓迎したが、その一方で、実力面で彼が何をもたらせるのか、という議論も専門家の間で加熱し始めた。実際、監督たち、また選手の中にも、この獲得を「マーケティングのヒット」とみなしている者は少なくない。

 バランシエンヌのダニエル・サンチェス監督は、「サッカー面でいい獲得かね? ぴったりはまるポジションが見えないが」と皮肉をちらり。元PSGで現リヨンのDFミラン・ビセバッチも、「確かに観客動員数はアップし、ユニホームは売れるだろうが、サッカー面で真の補強となるかは、彼のプレーぶりを見て判断しなければならない。僕自身は、ベッカムのいるPSGが、いないPSGより怖いとは思わないね」ともらしていた。

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著者プロフィール

東京生まれ、湘南育ち、南仏在住。1986年、フェリス女学院大学国文科卒業後、雑誌社でスポーツ専門の取材記者として働き始め、95年にオーストラリア・シドニー支局に赴任。この年から、毎夏はるばるイタリアやイングランドに出向き、オーストラリア仕込みのイタリア語とオージー英語を使って、サッカー選手のインタビューを始める。遠方から欧州サッカーを担当し続けた後、2003年に同社ヨーロッパ通信員となり、文学以外でフランスに興味がなかったもののフランスへ。2022-23シーズンから2年はモナコ、スタッド・ランスの試合を毎週現地で取材している。

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