DeNA伊藤拓郎、かつての世代最強投手が見せた涙からの復活

村瀬秀信

高校1年の夏の甲子園で、各球団のスカウトを驚かせた伊藤だったが、その後は故障で調子を崩し、挫折を味わった 【(C)YDB】

 昨年10月5日、東京ドームの対巨人戦。8回裏のイニング前に投手交代を告げるコールが場内に響くと、レフトビジターの横浜DeNA側だけでなく、球場の9割5分を埋め尽くしたオレンジ色の観客席までがにわかにざわめき立った。

“ピッチャー伊藤、背番号67”

「伊藤って、あの帝京の伊藤拓郎?」「プロに入ったの?」ドーム内にはそんな驚きとも戸惑いともつかないような空気が充満する。それは一時はどん底まで落ちたかつての世代最強投手が、本来の居るべき場所へ帰ってきた証だった。

「僕の名前が呼ばれた瞬間、スタンドからワァーっと歓声が上がりました。緊張なんてありません。その声援が、ただただ嬉しかったですから」

 初めてプロのマウンドに立ったあの日を伊藤拓郎はそう振り返る。緊張はない。3年前の甲子園で受けたうねりのような大声援、そしてその後のもがき苦しんだ時期を思えば、どんなプレッシャーも楽しめると思えた。

スカウトを驚かせた甲子園球児が味わった挫折

 2009年夏の甲子園。帝京高校の1年生投手が見せた学年史上最速の時速148キロのストレート。各球団のスカウトが「このままでもドラフト1位で取りたい」と驚愕(きょうがく)した16歳の少年がこの先一体どんなバケモノに成長するのか……。可能性が無限に思えた未来は、しかし一瞬で暗転する。球速を求めるあまりフォームを崩したこと、さらにケガが重なったことで思うような投球ができなくなってしまったのだ。

「高校2年のセンバツまでは良かったのですが、夏前に肘を故障して以降は自分のピッチングを見失ってしまって……。それでも、だましだましやりながら調子を戻していこうと、練習もいろいろと自分で考えながら試行錯誤したのですが、結局良くならないまま3年生になって。最後は、自分のスタイルもスピードへの意識も、全部捨ててチームが勝つためだけのピッチングを考えていました。その結果、甲子園に出られたことはすごく満足していますし、自分では良い終わり方ができたのではないかと思っています」

 しかし、2年後のドラフトで、複数球団が1位指名で競合することが予想されていた伊藤への評価は、月日を経るごとに下がっていった。「あいつはもう壊れちまったからねぇ」――球界関係者から辛辣(しんらつ)な声が漏れ聞こえてくる中、11年ドラフト会議が行われた。

最下位指名で何とかプロ入りも、悪い流れ断ち切れず

「プロならどこへでも行く」と明言していた伊藤の思いとは裏腹に、時間が進むにつれて各球団が次々と指名を終了していく。指名を残した球団が最後の1球団となり、絶望が色濃くなった頃、ドラフト9位で伊藤の名前が読み上げられた。
「待っても待っても全然名前が挙がらないので、正直指名はもうないだろうと諦めていましたが、最後の最後に僕の名前が呼ばれて。ホントに……何て言っていいのか。言葉では表せないぐらいうれしかったことを覚えています」
 指名を受け、部室でひとしきり号泣した伊藤は、その後の会見でこんな言葉を残している。
「指名していただいて感謝しています。命を懸けるつもりでやりたい」。

 12年。プロ野球選手となった伊藤は、その言葉通りに懸命に練習に打ち込むのだが、悪い流れはまだ続いていた。

「自主トレを経てキャンプに入った2月の後半に肘を痛めてしまって。プロでやるにはスピードをちょっと戻したいなと思って練習してきて、良い感じのままキャンプに入ったのですが、投げ方があまり良くなかったらしく、すぐに肘にきてしまって……。そこからはもうノースローでずっと走ってばかりの陸上部でした。完全に出遅れてしまったのですが、投げられないのはどうしようもない。とにかく他の人より数多く走って、トレーニングも誰よりもこなそうと頑張りました。ただ、筋力トレーニングでもちょっと追い込み過ぎてしまって……。180キロのバーベルでスクワットした後に、ジャンプ系の下半身強化をしていたらギックリ腰になってしまい、復帰が遅れてしまいました。4月の頭ぐらいにはキャッチボールができるようになって、初めてブルペンに入ったのは5月の終わり。その後、バッティングピッチャーでも投げて、ファームで初めて登板したのは7月28日のフューチャーズ戦ですね」

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著者プロフィール

1975年8月29日生まれ、神奈川県茅ケ崎市出身。プロ野球とエンターテイメントをテーマにさまざまな雑誌へ寄稿。幼少の頃からの大洋・横浜ファン。

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