DeNA伊藤拓郎、かつての世代最強投手が見せた涙からの復活

村瀬秀信

浮上のきっかけは、高校時代の挫折経験

プロ1年目を公式戦無失点で終え、復活を強くアピールした伊藤。今シーズン、さらなる飛躍が期待される。 【(C)YDB】

 プロ野球選手として初めてマウンドに上がった伊藤は、いきなりプロの洗礼ともいうべき本塁打を浴びてしまう。前途は多難のように思えたが、この一発を機に悪かった流れはガラッと好転してゆく。
 8月11日、イースタンの公式戦デビューとなる巨人戦は、8回からリリーフ登板で1イニングを2三振の零封。21日の日本ハム戦も無失点で乗り切ると、初先発となる9月24日の巨人戦で5イニング無失点の初勝利。圧巻は30日の西武戦だった。わずか66球で7回を無四球の零封で2勝目を挙げ、公式戦4試合連続無失点。数字もさることながら、その投球内容が抜群だった。スライダーという大きな武器を軸に、常にストライクを先行させ、打たせて取るベテランのようなピッチング。ピンチの場面でも、間をうまく取りながら、顔色ひとつ変えずに淡々と乗り切る肝っ玉の据わりっぷりに、チーム関係者からの評価もうなぎ上りとなった。

「たまたま抑えることができたからそう思ってもらえているだけだと思います(笑)。でも、確かに自分はポンポン投げるタイプではありません。1球1球、投げる前、投げた瞬間のバッターの反応をじっくり見て、自分の中で考えてから投げるようにしています。球速144キロぐらいがコンスタントに出る時はどんどん押していけますが、問題は調子が悪くなった時にどう組み立てていけるか。僕の場合は、高校時代にずっと調子が悪い中で試行錯誤してきたことが、経験となって生きているような気がします。ケガで出遅れた時に折れなかったこともそうです。甲子園でいきなり注目されて以降、結果が出せなくて散々苦しんであがいてきました。でも、抜け出すきっかけは自分で見つけるしかない。それを学ぶことができましたから」

自信を取り戻した伊藤 公式戦無失点で終えたプロ1年目

 ファームで結果を残した伊藤の下に、待望の1軍行きの知らせが届いたのは10月2日。西崎伸洋マネージャーから電話を受ける前に、友達から『昇格らしいけど、ホントなの?』というメールで初昇格を知ると、4日の練習から1軍に合流。1軍登録された5日の巨人戦で早速プロ初マウンドの舞台に立った。

「あの日は東京ドームがオレンジ一色で、すごいなぁと思って見ていましたが緊張はありませんでした。ただ、先頭打者が谷(佳知)さんという、いきなりすごいバッターだったので、初球ボールから1ストライク3ボールにカウントを崩してしまって。スライダーにタイミング合っていなかったので、3球連続スライダーでうまくピッチャーゴロに打ち取れました。あそこでフォアボールを出さなかったことが一番大きかったです。次の石井義人さんにはフォークが落ち切る前にライト前に打たれましたが、マウンドからも打席の前に立っていたのが分かっていたので、悔いが残ります。ただ、その後、長野(久義)さんという一流打者からスライダーで空振り三振を取れたことで、すごく自信につながりました」。

 外に大きく流れていくキレのあるスライダーに、谷・長野・寺内(崇幸)のバットが次々と空を切った。最後の打者となった寺内に対しては、2ストライク1ボールから捕手・高城俊人のサインに首を振り、渾身(こんしん)のストレートで空振り三振。初登板を最高の形で終えた伊藤に、試合後の中畑監督も「150点」と手放しで大絶賛。続く10月8日、本拠地最終戦の広島戦でもリリーフとして1回を無失点に抑えた伊藤の1年目は、1軍、ファームともに公式戦無失点の無傷でシーズンを終えることとなった。

先発完投にこだわり プロ2年目はさらなる飛躍を

「満足はしていません。なぜなら僕が1軍に上がった5日から、チームは1勝もできませんでしたから。それがすごく悔しくて、『来シーズンは自分がやってやる』という思いを強くしました。だから、今年の目標は頭から1軍でいること。そして先発で投げられるようになって、最低でも5勝はしたいです。やはり先発にはこだわりがあります。1試合全部投げ切る先発完投……いつもそういう思いで練習しています。このオフはしっかり走り込んできます。もちろん、もうケガで出遅れるようなこともしません」。

 栄光と挫折を経験した19歳の“ベテラン”投手が、この先、プロの世界でどのような成長曲線を描いていくのか。その未来に描く夢は、甲子園で初めて伊藤拓郎を見た、あの時よりも大きく確実なものになっている。

<了>

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著者プロフィール

1975年8月29日生まれ、神奈川県茅ケ崎市出身。プロ野球とエンターテイメントをテーマにさまざまな雑誌へ寄稿。幼少の頃からの大洋・横浜ファン。

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