石川遼が取り組むニュースイング
PGAツアー元年と位置付ける2013年

過去4年とは異なる米ツアー挑戦

今季は腰に負担の少ないスイングに取り組む石川
今季は腰に負担の少ないスイングに取り組む石川【写真は共同】

 1月10日に成田を飛び立った石川遼の米ツアー挑戦は、今年で5年目を迎える。新春恒例行事になったような渡米だが、昨年までとはまるで事情が異なる。今年はれっきとしたPGA(米国男子)ツアーメンバーとしての転戦だ。これまで“お客様”として出入りさせてもらっていたPGAツアーが、言わば“我が家”になったほどの違いである。5年前のちょうどこの日、石川はプロ宣言をしてアマチュアからJGTO(国内男子)メンバーになった。それぐらいの違いがある。年が改まり、用具契約を始め、様々な契約が変わり「今年がスタートだと思っています」と自身が言うように、2013年は“PGAツアー元年”と位置付けても過言ではないだろう。

見え始めた長いトンネルの出口

 昨年11月、三井住友VISA太平洋マスターズで2年ぶりとなるツアー通算10勝目を挙げ、長い不調のトンネルを抜けたかのように見えた石川だが、本人はまだ出口が見えない不安を抱えていた。それは体調の問題であった。昨年の夏ごろから腰の辺りに違和感を覚えるようになり、それが一向に解消されないのだ。

「スイングができないとか、そんなに悪い状況じゃなかったんで、マン振りもできるし、全然大丈夫だろうと思ってずっと試合に出ていました」とは言うものの、年末の沖縄合宿では、もっぱらジュニアやチーム遼のプロたちの指導に当たり、石川本人はあまりボールを打っていなかった。腰痛悪化を懸念していたからだ。しかし、年明け早々、JGTOの専属ドクターとトレーナーのアドバイスで、その出口が見え始めたと言う。

「ちょっと説明しづらいんですけど、腰と股関節に負担が掛かり過ぎていて、その使い方を考え直したほうがいいかもしれないと先生に言われてスイングをまた新しくしていこうと思ったんです」

新たなスイングへの模索

 まず石川は、股関節内部のインナーマッスルを鍛えるトレーニングに取り組むと同時に、腰や股関節の負担を少なくするスイングの模索をした。そのスイングモデルとして着目したのは、ロリー・マキロイ(北アイルランド)とアンソニー・キム(米国)だ。これまでは、トップで肩を深く入れようとして、右腰が後ろへ回り、同時に左膝が右膝へ寄っていく動きをしていた。ところが2人ともトップでも両膝の間隔はアドレスのときと、それほど変わっていない。スイングは上半身と下半身のねじれが大きいほどパワーを生み出す。肩が深く回っていても、下半身が一緒に回っていては、ねじれは大きくなっていないと気付いたのだ。体格的には石川とそれほど差がない2人が、飛距離で圧倒的に勝るのは、そこに大きな要因があると考えた。

「今は、こう動かすんだと、少し大げさにやっていますけど、試合でやるためには、タイミングが狂わない程度に、前の打ち方と中和させてやっていきます。それを徐々にまた、中和の真ん中の位置と目指したい位置を中和させて、という感じで近づけていく作業をシーズンを通してやっていこうと思っています」

 2013年、石川のスイングがどう変化するのかも、今シーズンの見どころだ。

マスターズ招待で解放された重圧

「4月1日までに世界ランク50位以内に入れるように頑張ります」という言葉を残して飛び立った石川だが、その直後にマスターズ委員会は、石川遼とタイのタワン・ウィラチャンの2人を招待すると発表した。「50位以内」という重圧から解放された石川がどう戦うのか、これもまた今シーズンの楽しみになる。


<了>

久保田千春

1948年東京生まれ。長らく週刊ゴルフダイジェストでトーナメント担当として世界4メジャーを始め国内外の男子ツアーを取材。91年から今も続く週刊ゴルフダイジェストの連載「ノンフィクションファイル」を立ち上げ担当して編集作業を行う傍ら自らも執筆。フリーとなった今も同連載に寄稿している。2007年にアマチュアだった石川遼のツアー優勝以後、石川勝美氏の依頼により「バーディは気持ち」の編集作業を担当し、その過程で石川家と親しく交流するようになった。それが縁となり武蔵野千のペンネームで週刊ゴルフダイジェスト連載の「遼くん日記」の原作を08年から12年まで執筆。現在は同誌で「迷ったとき、ユハラにかえれ!」を執筆中。91年に当時のツアーオブジャパンの依頼で日本ゴルフ雑誌記者協会を創立し、ゴルフダイジェストを退職した08年まで同協会会長を務める。また、ここ20年ほど世界ゴルフ殿堂に委嘱されインターナショナル部門の選考も行っている。

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