陸上・山県、重量挙げ・水落……初の五輪で好パフォーマンスを見せた若い力

小川勝

メダリスト以外にも、われわれを驚かせた選手がいた

100m準決勝でブレーク(左)とゲイ(右)に挟まれながらも山県は24人中14番目のタイムを残した 【Getty Images】

 ロンドン五輪で38個のメダルを獲得した日本選手団だったが、メダリスト以外にも、われわれを驚かせた選手がいた。

 メダルというのは、あくまでIOC(国際五輪委員会)が恣意(しい)的に決めた顕彰の方法だ。メダルを獲っても、結果を残念に思っている選手もいる。選手にとって何より重要なのは、自分の力を出し切ったと、自分自身に向かって言えるかどうか。そこにあることは間違いない。

 言うまでもなく、最高の舞台で、自分の力を出し切るというのは、簡単なことではない。五輪初出場となれば、なおさらである。
 だが今回、初めての五輪で、あっと言わせるパフォーマンスを見せた若い選手が、日本にも確かにいた。

 例えば競泳の高校生代表、17歳の萩野公介(御幸ケ原SS、作新学院高3年)が、今年の日本選手権で出したばかりの、自分の日本記録を大幅に更新、400メートル個人メドレーで銅メダルを獲得した。しかしこれは、競泳チームの平井伯昌ヘッドコーチも、ある程度、期待していたことだった。競泳で、10代の選手が大幅に記録を伸ばしたことは、過去にもあった。

 そのような例があまりない競技で、期待以上のパフォーマンスを見せた選手がいた。陸上競技・短距離の山県亮太(慶大2年)と、重量挙げ・女子48キロ級の水落穂南(平成国際大2年)である。
 山県は20歳。水落はまだ19歳。この2人は、メダルは獲っていないものの、ともに初めての五輪で、自己ベストを記録しただけでなく、順位の面でも、非常に意味のある成績を挙げた。その内容について、詳しく見てみたい。

大舞台で成長のきっかけをつかんだ山県

 山県は今年、100メートルで飛躍を遂げたスプリンターだ。4月の織田記念陸上において、予選で日本歴代5位に相当する10秒08を記録。追い風2.0メートルという絶好の条件ではあったものの、決勝(風0.0メートル)でも10秒16を出して、第一人者の江里口匡史(大阪ガス)を抑えて優勝した。今年の日本ランキング1位に躍り出て、6月の日本選手権でも優勝して五輪代表を決めるか、と思われた。

 ところが6月の日本選手権では、10秒34(風0.0メートル)で3位に終わったのである。優勝は江里口。優勝者は自動的に五輪代表内定という、重圧のかかるレースになった時、勝ったのは江里口だった。山県はレース後、悔し涙を見せた。5月に右太ももを痛め、練習が順調に積めなかったことはあったが、予選では10秒22(追い風1.3メートル)を出して、走れる状態にあることは見せていただけに、予選よりタイムを落としての敗戦には、山県の「若さ」が垣間見えた。

「今日はいけると思ったんですけど、なにが要因かと言われたら、正直、よく分かりません。誰かにアドバイスいただけるなら、それを素直に聞きます」と、本人もレース後は混乱していた。
 ロンドン五輪参加A標準記録(10秒18)を突破していたことで、五輪代表には選ばれたものの、やはり五輪で力を発揮するのは江里口の方ではないか――そういう印象はぬぐえなかった。

 だが、山県は初めての大舞台で、驚くべきパフォーマンスを見せた。予選でいきなり10秒07の自己ベスト(追い風1.3メートル)。予選6組の2位で準決勝進出を決めたのである。
 このタイムは、五輪において日本人選手が出した歴代最高のタイムだった。過去最高は、1996年アトランタ五輪での朝原宣治と2008年北京五輪での塚原直貴(富士通)が、準決勝でマークした10秒16だった。朝原の記録は向かい風0.5メートルだったから非常に価値の高いものだったが、2人ともこのタイムが、当時の自己ベストではなかった。山県は、初めての五輪で自己ベストを出したところがポイントだ。

 そして準決勝は、銀メダルを獲ることになるヨハン・ブレーク(ジャマイカ)と、07年世界選手権大阪大会の金メダリスト、タイソン・ゲイ(米国)に挟まれる形で走った。20歳で、初めての五輪でこうした世界的な選手と走るとなれば、舞い上がって自分のやるべきことに集中できなくなっても無理はない。だが、山県はそうではなかった。準決勝も10秒10(追い風1.7メートル)で、24人中14番目のタイムを残したのである。

 山県より速かった13人は、北中米と、欧州の選手だけだった。順位の面で、アジア、オセアニア、アフリカ、南米という地域の中では、山県が最も上位にきたのである。20歳という年齢を考えると、現在がピークということはあり得ない。過去の日本人トップスプリンターの例を見ると、いずれもピークは20代の半ばから後半だった。山県が、ここからもうワンランク、高いレベルに上がることはまず間違いない。

 山県は自身のツイッターで、五輪でのレースプランについて、考えていたことを明かしている。世界のトップ選手の中に入ってしまうと、前半だけでも見せ場を作りたいと、スタートからの序盤でリードしたいという誘惑にかられる。しかし山県は、そうはしなかった。スタートで焦ることなく、丁寧に体重を乗せていき、中盤でギアチェンジするイメージで「余力を持たせてスタートを切る」という、自分のレースを徹底した。このあたりに、山県の賢明さがうかがえる。五輪という大舞台で、成長のきっかけをつかんだ彼の今後が、大いに楽しみだ。

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著者プロフィール

1959年、東京生まれ。青山学院大学理工学部卒。82年、スポーツニッポン新聞社に入社。アマ野球、プロ野球、北米4大スポーツ、長野五輪などを担当。01年5月に独立してスポーツライターに。著書に「幻の東京カッブス」(毎日新聞社)、「イチローは『天才』ではない」(角川書店)、「10秒の壁」(集英社)など。

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