「もうひとつの決勝戦」宿命の対決に沸く韓国

兵役免除がモチベーションとなるワケ

韓国をベスト4まで導いたホン・ミョンボ監督。「ヒディンク越え」にはメダルが必要だ 【写真:ロイター/アフロ】

 実際、韓国にとって今回の3位決定戦は、決勝戦以上の意味を持つ。史上初のメダルがかかっていることもさることながら、メダル獲得なら「兵役免除」という恩恵に授かれるのだ。

 それは、「約2年2ヶ月の兵役義務に就かなくていい」というだけの単純なことではない。兵役に就けば選手として脂の乗った時期に約2年間のブランクもしくは遠回りを余儀なくされるが、その問題がクリアされれば海外進出や所属クラブとの契約延長などの自由度が増し、落ち着いて選手生活に専念できる。

 例えばパク・チソンやチャ・ドゥリが長きに渡って欧州でプレーできるのも、2002年W杯4強進出の特例処置で得た兵役免除も大きかった。逆に08年にイングランド・WBAに所属したキム・ドゥヒョンのように、クラブから契約延長を打診されても兵役のために帰国を余儀なくされたケースもある。つまり、兵役の有無はその選手人生を大きく左右することになるのだ。くしくも今回のメンバーは全員が兵役未終了。彼らにとって、3位決定戦は、その選手人生の未来を賭けた戦いだと言っても大げさではないだろう。現在、セルティックでプレーするキ・ソンヨンも言っている。
「4強まで来たのに日本に負けてしまえば何も意味がない。簡単な試合ではないだろうが、全員が100パーセント、120パーセントの力を発揮すると信じている」

日本を知り尽くす韓国

 対日本戦に強い覚悟を示したのは、キ・ソンヨンだけではない。今夏、大宮アルディージャから中国の広州に移籍したキム・ヨングォンも言っている。

「日本戦は本当の戦いとなるが、僕たちは日本については良く知っている」

 確かに韓国は日本を知る人物が多い。キム・ヨングォンだけではなく、カーディフへの移籍が決まったキム・ボギョンらを含め、6名がJリーグ経験者だ。指揮官であるホン・ミョンボ監督もかつて柏レイソルでプレーしているし、フィジカルコーチはホン・ミョンボ監督に請われて日本人として初めて韓国代表コーチングスタッフ入りした池田誠剛氏。日本サッカーへの免疫は十分にある。

 しかも、関塚ジャパンに関する直近のデータも入手済みだといわれている。一役買って出たのは、かつてホン・ミョンボ監督とともに韓国代表を率い、今大会ではモロッコ代表監督を務めたピム・ファーベックだ。ふたりは02年W杯ではコーチと選手として、06年から07年までは韓国代表の監督とコーチとして親交を深めてきた。モロッコの決勝トーナメント進出を見越して各国の情報収集を行っていたファーベック監督は、ホン・ミョンボ監督にその情報データをそっくりそのまま渡したという。その中には、すでにファーベック監督が対戦した関塚ジャパンの資料も含まれていた可能性も高いという。それが事実なら韓国の日本対策は用意周到なわけだ。

不安はGKと右サイドバックか

 もっとも、ホン・ミョンボ監督の慎重な性格からして、日本戦で奇襲に講じるようなことはないだろう。ブラジル戦では4−4−2を採用したが、日本戦では従来の4−2−3−1に戻し、「体力回復と中盤争いがポイントになる」という言葉通り、まずはじっくり様子を見るに違いない。

 労と体を惜しまぬ守備で英国メディアからも称賛され、ブラジル戦で温存したMFパク・ジョンウの先発も十分に考えられる。彼と、長短を使い分けた巧みなパス回しでチャンスを作り、積極的にミドルも放つキ・ソンヨンのコンビが韓国の中盤の要だ。これにキム・ボギョン、ナム・テヒらのサイドアタックとク・ジャチョルの飛び出しには、日本も警戒が必要だろう。とりわけ豊富な運動量で前線から中盤の底まで顔を出すク・ジャチョルは、あのパク・チソンにして「心臓がふたつあるのか」と言わしめたほど。これに英国戦ではキム・ボギョンに代わって先発し先制ゴールを決めたチ・ドンウォンを含めた攻撃陣を、日本DF陣がどう封じるかがひとつのポイントになりそうだ。

 また、パク・チュヨンの起用にも注目が集まる。ブラジル戦では先発から外れたが、ホン・ミョンボ監督が彼に寄せる信頼は大きく、ユース時代を含め対日本戦6得点の実績から、かつては“日本キラー”とも言われた男だ。本人も日本戦が汚名返上の絶好機でありラストチャンスであることを、誰よりも自覚しているはずだ。

 ただ、ホン監督にとって悩ましいのは、GKと右サイドバックだろう。前述したとおり、OAの2人が英国戦で負傷したことにより、ブラジル戦ではGKイ・ボムヨン、DFオ・ジェソクを先発させたが、ともに安定感を欠いた。左肩じん帯を痛めた正GKチョン・ソンリョンは日本戦への強行出場を直訴するまでに回復しているが、GKと右サイドバックが韓国のウィークポイントであることは間違いない。付け加えれば、前述の急造センターバックコンビが永井謙佑のスピードについていけるかという点も懸念材料である。韓国メディアも、永井への警戒をかなり強めている。

 いずれにしても選手たち同様、ホン・ミョンボ監督にとっても、今回の3位決定戦はその監督人生がかかっている。気の早い一部の韓国メディアでは、「メダル獲得なら監督としてヒディンクと同等、もしくは超える存在になる」とも期待されている。

 宿命じみているのが、そのために乗り越えなければならない相手が日本だということだ。09年12月、ホン・ミョンボ監督がロンドン五輪を目指す現チーム(当時はU−20)を任されて最初に戦った相手は日本(※日本が2−1で勝利)だったが、ロンドン五輪最後の相手となるのも日本(関塚ジャパン)なのだ。

 始まりも終わりも日本。この事実にホン・ミョンボ監督と日本、さらには韓国と日本サッカーの因縁めいた宿命を感じずにはいられない。

<了>

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著者プロフィール

1971年4月16日東京都生まれの在日コリアン3世。著書『ヒディンク・コリアの真実』で2002年度ミズノ・スポーツライター賞最優秀賞受賞。著書に『祖国と母国とフットボール』『イ・ボミはなぜ強い?〜女王たちの素顔』のほか、訳書に『パク・チソン自伝』など。日本在住ながらKFA(韓国サッカー協会)、KLPGA(韓国女子プロゴルフ協会)に記者登録されており、『スポーツソウル日本版』編集長も務めている

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