松田丈志、課題克服の末に手にした会心のレース=ハギトモコラム
父親のようなチームのキャプテン
200mバタフライ決勝は松田にとって4年間の取り組みすべてが集約された、会心のレースだった 【Getty Images】
ロンドン五輪前、松田丈志選手(コスモス薬品)が口にした言葉だ。私もロンドン五輪代表を目指していた一人として、この言葉を聞いた時、彼の優しさを感じ、涙が溢れた。五輪代表権を獲得できなかった選手たちの気持ちを胸に、大舞台で戦おうとしているのだと、うれしかった。
競泳日本代表チームのキャプテンでもある28歳の彼は、懐が深く、穏やかであり、後輩たちを導く父親のような存在だ。
今大会の競泳陣のメダルラッシュも、「チームの輪」が生み出した結果と言ってもいいだろう。選手たちがインタビューで口にする言葉に共通点がある。「チームのために――」。この言葉が、何よりも大きな原動力になっている。
2年前、同じ日本代表の一員として試合に臨んだ際、松田選手は「緊張感やプレッシャーで極限の状態になった時、一人で戦うのは難しい。人間一人では何もできませんからね。たくさんの味方を作らないと」と話していた。競泳は個人種目。しかし大舞台で、たった一人で戦うより、同じ目標に向かっているチームメートと支え合い、励まし合うことによって、素晴らしいエネルギーを生み出すことができる。
選手の中心となり、チームの雰囲気を作り出す彼の人間性は、素晴らしい。松田選手の原点は、彼を長年指導する久世由美子コーチにある。4歳のころから二人三脚で、24年間、共に歩んできた。久世コーチは常々、「人間性を磨かなければ、選手として輝かない」と松田選手に伝え続けてきた。「速いだけではなく、みんなから応援してもらえるような選手になってほしい」。そんな気持ちが込められている。
2008年の北京五輪では、200メートルバタフライで銅メダルを獲得。自身初のメダル獲得となった。その後、スポンサーとの契約が切れ、活動資金がなくなる。同級生たちは就職をし、社会人としての道を全うしている。彼自身は、このまま水泳を続けてもいいのか、と何度も悩んだ。それでもロンドン五輪への思いが強くなり、貯金を切り崩して活動をしていた時期もある。そんな中、松田選手を支援したいと名乗りを上げてくれた企業があった。長年、積み重ねてきた競泳での実績はもちろん、アスリートとしても、一人の人間としても評価されたと聞いている。彼の人柄は、周りを応援したいと思わせるオーラで溢れているのだ。
「スピード」と「ドルフィンキック」の克服
2大会連続で銅メダルを獲得した松田(右)。中央は金メダルのレクロー(南アフリカ)、左は銀メダルのフェルプス(米国) 【Getty Images】
そこで課題となったのが、「スピードの強化」だった。まずは、体を絞った。久世コーチは、世界を席巻した高速水着の例を挙げ、「細く絞った高速水着を着用した時のような体を作ればいい」と考えた。地道な体幹トレーニングや食事コントロールで、約5キロ、減量したと聞いている。そのため、無駄なものがなくなり、体が軽くなった。4年前の体とは比べ物にならないくらい筋肉が隆起している。前半から飛び出せるスピードを身に付けた。
それに加え、重点を置いて取り組んできたのは、水中動作「ドルフィンキック」だ。松田選手は、海外のライバルたちに、スタート、ターン後のドルフィンキックで離される傾向にあった。そこでターン後のドルフィンキックを8回に増やし、練習を開始。ドルフィンキックを上手に泳ぎにつなげられれば、スピードにも乗ることができる。
しかし、このドルフィンキックはスピードを生み出す分、体力の消耗が激しい動作である。水中動作のため、呼吸を止める。その結果、体への負担が大きく、後半追い上げる彼の持ち味が消えてしまう可能性もあった。そんな不安を抱えつつも、ドルフィンキックのマイナスをプラスに変えるために、彼は新しい考え方を受け入れ、果敢にチャレンジした。
現地時間7月31日に行われたロンドン五輪200メートルバタフライ決勝は、松田選手の4年間の取り組みすべてが集約された、会心のレースだった。150メートルでは、トップとほぼ並んでのターン。スピード、ドルフィンキックの強化が実を結んだ結果だ。ここまでのスピードがなければ、トップに離され、ラスト50メートルでトップ争いはできなかった。メダル獲得すら難しい状況になっていたとも考えられる。
久世コーチと彼自身が、追い求めてきた理想のレース展開ができた。この大舞台で、会心のレースができる選手は、一握り。信念を持って取り組んできた松田選手の強い精神力に脱帽する。
キャプテンのメダル獲得で、チームの雰囲気は最高潮を迎えている。後半戦、日本代表スイマーたちは、どんな泳ぎを見せてくれるのだろうか。みんなの輝く笑顔が、私たちへ勇気と元気を与えてくれる。
<了>
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