現状を受け止められる北島の強い心に期待=ハギトモコラム
ハイレベルな決勝レース
五輪は、まだ終わっていない。きっと北島は答えを見つけ出すだろう 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】
彼はロンドン入り直前の公開取材で「100メートル平泳ぎの優勝タイムラインは、58秒5前後」と予想していた。実際のレースでは、南アフリカのキャメロン・ファンデルバーグ選手が、58秒46の世界新記録を樹立。北島選手自身が口にしていた優勝タイム通りになった。もちろん彼も、この記録に対して日々、努力を重ね、準備を進めていたが、思ったよりも記録が伸びなかった。
絶対的なスピードを必要とする100メートルは、泳ぎのキレがないと、スピードに乗ることができずに焦ってしまい、泳ぎのバランスが崩れてしまうケースが多々ある。北島選手も決勝レース後、「泳ぎに迷いが生じ、苦しかった」と口にしていた。泳ぎのキレは、疲労感が大きく関係していると思われる。疲労が抜け切れていないと、泳ぎにキレがなく、本来の北島選手の大きな伸びのある泳ぎができない。
2種目2連覇をしている北島選手は、絶対的な王者として、ロンドン五輪を迎えた。その絶対的王者であっても、ピークを合わせられないときもある。“水の怪物”マイケル・フェルプス選手(米国)も同様だ。選手は、機械でもロボットでもない。生身の人間なのだ。調子がいいときもあれば、悪いときもある。
1ミリの誤差で泳ぎが崩れてしまう繊細な種目
もちろん、彼の水泳人生は、すべてが順調とは言えなかった。過去には、試合直前での体調不良からの入院、平泳ぎの選手の宿命である膝痛や肘痛との戦い、五輪金メダルを獲得した後の燃え尽き症候群、レース中に起こった肉離れなど、数多くの壁にぶつかってきた。そのたびに、彼を励まし、支え、本気にさせたのは、世界各国の打倒北島に燃えるライバルたち、そして五輪の存在だった。
絶対的王者の北島選手に対し、各国の選手たちは、彼に合同練習を申し入れ、彼の強さの秘密を探ることもあった。気さくな彼は、嫌な顔をせず彼らを受け入れ、「共に強くなり、平泳ぎのレベルを上げていこう」と言った。今大会の平泳ぎがハイレベルな争いになったのも、北島選手の存在が大きい。
泳ぎの技術や記録だけではなく、どんなときも勝負から逃げず、言い訳をしない強さ、誰にでも気さくに接する優しさ、アドバイスを受け入れる素直さ。1人のアスリート、そして人間としての在り方においても、海外選手たちから尊敬され、彼らの励みとなっている。
五輪は、まだ終わっていない
自分自身が苦しいとき、人に対して優しくできる人は、本当に強い。今大会、100メートルのレース後、世界新記録を樹立したファンデルバーグ選手に対し、「彼とレースできたことを誇りに思う」と話した。ライバルを認め、たたえるとともに、自分自身の弱さを認めていた。自分自身の弱さを認めることは、とても勇気のいる作業である。しかしレース後、現状を冷静に受け止められる強い心を北島選手は持っている。
燃え尽き症候群を乗り越え、再びたどり着いた五輪の舞台。もがき、苦しみ、迷いながらも、きっと彼は答えを見つけ出すだろう。昨年の世界選手権でも100メートルで、納得する泳ぎ、レースができなかった。しかし、その後に行われた200メートル平泳ぎでは、気持ちと泳ぎを切り替え、トップ争いを繰り広げ、表彰台へ上った。
彼には、平泳ぎの王者としての底力、意地がある。五輪は、まだ終わっていない。始まったばかりだ。2日後から始まる200メートル平泳ぎ、彼は打倒・北島を目指す世界各国の選手たちとともに、ハイレベルなレースを繰り広げるだろう。
<了>
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