不屈のギリシャが挑む「債権者ダービー」=8年前の奇跡は再び起きるのか

長束恭行

8年前のギリシャが帰ってきた

ユーロ2004では大方の予想を覆し、奇跡の優勝。準々決勝のドイツ戦で勝利すれば、8年前の再現が現実味を帯びてくる 【写真:AP/アフロ】

 第3戦の会場となるワルシャワの国立スタジアムに駆けつけたギリシャ・サポーターは約2500人。経済的に苦しい本国から来るサポーターは少なく、もっぱら近隣国に住むギリシャ移民が中心だ。決勝トーナメントに進出するには、彼らの声援を借りて大本命ロシアに勝利するしかない。

 今回は開始のホイッスルと同時に、レーハーゲルがギリシャに長年植えつけた「リアリズム・サッカー」の真骨頂を示した。ロシアに主導権を譲らせ、好きなように中盤でパスをつながれようと、とにかくゴール前は守る。そして乾坤一擲(けんこんいってき)のカウンター。必死に守るギリシャの選手たちは鬼のような形相と化していき、ロシアの選手たちからは焦りが見える。ゴール裏でカメラを構えるわたしにもギリシャの気迫がビシビシと伝わってきた。

 前半のアディショナルタイム、ロシアのDFセルゲイ・イグナシェビッチのパスミスをカットした「闘将」カラグニスが右からシュートをたたき込んでギリシャが先制。後半のロシアは次々とFWを送り込むが、ギリシャは虎の子の一点を守り倒し、時折カウンターでヒヤリとさせる。そうやって相手の精気を失わせていった。シュート数は5対25。そして結果は1−0。ユーロ2004の強いギリシャが再び帰ってきた。

「ドイツだって倒すことも可能だ」

 そんなギリシャが準々決勝で当たる相手は、優勝候補のドイツだ。デフォルト寸前の経済を救済する代わり、政府に厳しい財政改革を要求しているアンゲラ・メルケル独首相に対してギリシャ国民の怒りは頂点に達している。これまでナチスの軍服を着たメルケルの合成写真が何度もメディアに出回った。昨日発足したギリシャ新内閣に対しても彼女は支援条件に妥協するつもりはなく、一部メディアは22日の試合を「債権者ダービー」とやゆしている。一部のギリシャ国民はこの準々決勝がドイツに対する絶好の復讐機会ととらえているようだ。MFジャンニス・マニアティスは、国民のテンションを下げようと次のコメントを発している。

「この試合と政治は全く関係ない。これはサッカーであり、スポーツだ。僕たちにとって最も大事なのは、ギリシャ国民をハッピーにさせること。ギリシャを取り巻く現状とは無関係で、僕たちは単に国民を路上で喜ばせてあげたいんだ」

 ギリシャ人の刹那的な国民性にドイツ的リアリズムを持ち込み、欧州王者の金字塔を打ち立てたレーハーゲルは、準々決勝のカードが決まって以来、メディアの寵児(ちょうじ)になっている。そんな彼がギリシャ側に立って準々決勝を分析する。

「ドイツは長く伝統とハイレベルな実力があるが、だからと言ってギリシャにチャンスがないわけじゃないぞ。ギリシャが全手段を投げ打てば、ドイツだって倒すことも可能だ。ロシア戦のギリシャは素晴らしく、グループステージ突破に値する戦いだった。誰もギリシャを過小評価してはならない。特にノックアウトステージに入ってからのギリシャはな。ギリシャはその情熱と闘争精神で試合そのものを変えられるんだ。これまでの戦いぶりを振り返ればギリシャにはハードな試合になるが、ドイツが無敵とは思わない。ギリシャが突くとしたら守備に難のあるラームだろう」

 ここに来てクロアチアvs.スペイン、イングランドvs.ウクライナのように大国偏向の判定が目立つようになってきた。そんな空気を読むこともしなければ、逆境になればなるほど強いギリシャのことだ。ユーロ2004優勝メンバーで、キーマンであるカラグニスを累積警告で欠いていることすらギリシャにとってプラスに思えてくる。もしドイツを倒したならば、ギリシャ国内中のタベルナで連日のように宴が繰り返されることだろう。

<了>

2/2ページ

著者プロフィール

1973年名古屋生まれ。サッカージャーナリスト、通訳。同志社大学卒業後、都市銀行に就職するも、97年にクロアチアで現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて退職。以後はクロアチア訪問を繰り返し、2001年に首都ザグレブに移住。10年間にわたってクロアチアや周辺国のサッカーを追った。11年から生活拠点をリトアニアに。訳書に『日本人よ!』(著者:イビチャ・オシム、新潮社)、著作に『旅の指さし会話帳 クロアチア』(情報センター出版局)。スポーツナビ+ブログで「クロアチア・サッカーニュース」も運営

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント