常識を覆す、高橋大輔が見せる26歳からの成長の方程式=フィギュア世界選手権・男子シングル
「完璧主義を捨てた。そしたら前向きになった」
スケーティング技術を基礎から見直したことでジャンプ成功率は上がったという 【坂本清】
それを高橋は「完璧主義を捨てた」という。これまでは完璧を求めすぎるが故に、どうしても練習にムラがでていた。最高に気持ちが乗って最高の練習をする日と、気持ちが乗らずに無駄な練習になってしまう日、その波が大きいのだ。
長光コーチも「彼は素晴らしい音楽の感性を持っている選手。それだけに、ちょっと曲と(フィーリングが)合わないとか、何か自分の中で引っかかるものがあると、急に『もう滑らない』となってしまうところがあった」という。結局は「モチベーションを上げようと私たちがプッシュしなければならなかった」(長光)。
しかし、完ぺき主義を捨てた高橋は、とにかくよく集中した。「気持ちを見直したことで、淡々とリラックスして日々を過ごしたんです。そしたら、前向きにスケートに向き合って、充実した練習ができました。やっぱり去年の世界選手権が悔しくて、あのまま引退していたら悔しさしか残らなかった。ソチ五輪の時に、続けてて良かったって思えるような努力をしたい」と高橋。長光コーチも「バンクーバー五輪の直前合宿のときよりも、今シーズンは(良い)練習をした。集中が切れる部分が全くなくなった。努力が違った」と言い切る。
毎日コンスタントに集中して練習すること。当たり前のことのようだが、それほど難しいことはない。練習量よりも練習の質。26歳のアスリートに求められる練習方法へとシフトしたのだ。
スケーティングの見直しでジャンプ成功率アップ!
08年の前十時靭帯(じんたい)の手術後、右膝に入ったままだったボルトの除去手術を、シーズンオフの5月に受けた。リハビリを含め2カ月間は氷に乗ることができず、7月に氷上練習を再開。「すぐにジャンプの練習はできないので、スケーティングを見直そう」と考え、アイスダンスのコーチから基礎を習おうとフランス・リヨンに飛んだ。そこで、ジャンプ優先のシングル競技ではおろそかになっていた、スケートの基礎理論と出会った。
最も技術的に変わったのは、重心の位置だった。足のつま先からかかとまで全長25センチメートル前後あるエッジのうち、最もスケーティングが滑る1点をダイヤモンドと呼ぶ。アイスダンスではこのダイヤモンドの感覚をいかにつかむかが勝敗を分けるが、シングル選手が乗っている拇指球(ぼしきゅう)のあたりよりも、やや後ろと言われている。シングルの選手はジャンプを跳ぶため上半身はやや前傾になる傾向があるが、アイスダンス選手は上半身を起こし、転ばないギリギリの後方に重心を置く。このギリギリの部分に、ダイヤモンドがあるのだ。高橋は、このダイヤモンドに重心を近づけたことで、力の要らないスケーティングを身につけた。
「押して滑るのではなく、ちゃんとエッジに体重を乗せると自然に進む。力を使わないでスケーティングできるようになったことで、ジャンプに集中できるようになったし、ジャンプに体力が使えるようになりました」と変化を実感する。
「まだまだ成長できる。それが分かったことが大きい」
「スケーティングが良くなったことで、3回転の確立が良くなりました。それで、これまで3回転の練習に時間がかかっていたところが、4回転に費やす時間をたくさん取れるようになったんです」と高橋。結果として、スケーティングの上達が、4回転の成功にまでつながった。
「ソチまで3年計画で考えていたので、今シーズンはダメだろうな、と思ってました。なのに自分でもびっくりするくらい、レベルアップができた。表現はけがの前よりも成長したと思うし、身体の性能も上がっているんです。まだまだ自分は成長できるんだということが、自分の中で分かった。それが大きいシーズンでした。まだあと2年伸びないといけない。来シーズンは4回転フリップも入れたい。そうしないと五輪で勝てないから」。
26歳からの大成長。常識は関係ない。新しい歴史は、高橋自身がつくればいい。
<了>