靴作りの名工・三村仁司氏「足を知れば速くなる」=弱点を見つけてシューズで強くする

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足の特徴に合ったシューズを

ランナーの特徴、タイプを元にソールなどのパーツを選択 【スポーツナビ】

 足の特徴、改善点などの説明が終わった後は、実際どんなシューズが合うのか、そのポイントを教えてくれる。今回のケースでは、普段は小さめの靴を履いていて、足首が柔らかすぎる。さらに、アーチ(土踏まず)が低いから疲れやすい、内転筋が弱い、骨盤はずれていない、ひざは弱くない、といった特徴が挙げられた。

「できるだけフラットに近い靴、つま先とかかとの高低差がないものがええね。足首が柔らかいから、高低差がある靴は平坦でもオーバースライドになる。これが下りになればもっとオーバースライドになってしまうから。あとはクッションが少ないもの。本当はソールが硬いのがええねんけど。実業団の選手で走り込みをする時は、一番堅いものを履かせますよ。まあ、普通のジョガーであれば少し衝撃を吸収できる靴を薦めますね。

 靴は大きすぎてもダメ。だいだい13〜15ミリくらい余裕がないと。40分以上走ったら足はむくんでくる。だいたい5ミリくらい大きくなるから、23.5センチなら24センチくらい。しかも着地からキックをする時は、かかとが着地して、体重が乗ってキックするから、つま先は8ミリくらい前にいく。小さい靴だと足の指が曲がってしまって、速く走ってるつもりでも推進力がない。これではスピードは出ませんわ」

 こうして三村氏の“診断”を経て、自分だけの靴が作られていく。仕上がりはおよそ1カ月後とのことだが、おそらくこれまで体験したことのない履き心地を味わえるのだろう。これがアスリートともなると、作業はより緻密になる。選手の声に耳を傾け、感覚を大事にしながら、二人三脚での共同作業が進む。

靴選びのポイントを伝授

「弱点を見つけて強くすることが重要」と語る三村氏 【スポーツナビ】

 ここまで、三村氏の靴作りにじかに触れることで、その極意をかいつまんできたが、アスリートでなければ、なかなかそういう機会に恵まれることはない。今回紹介しているのはあくまでレアケースである。むしろ、既製品の中からいかに自分に合った一足を探すか、というテーマの方が一般的だろう。そんなジョガーのために、靴選びのポイントについて三村氏に聞いた。

「まずは品ぞろえ豊富な専門店に行く。店員にできるだけ詳しく、予算、使用用途を伝えること。芝の上で走るのに薄い靴はあかんのです。柔らかい場所でソールが柔らかい靴を履いたら、余計ぶれて足首が痛くなる。だから用途、どういうところで走るのか、アスファルトか、スピードを出して走るのかが重要ですね。

 あとは自分の今までの使用感、前の靴はこうだった、どこが重たかった、クッション性とか、そういう部分を伝えれば何点かピックアップしてくれる。それと靴を買うのは昼以降。これ、基本ですわ。足は朝起きて昼から大きくなってくるから、大きくなった時間で買った方がいい。あとは自分の足を知ること。アーチ(土踏まず)が低い、足幅が広い、足首が硬いのか柔らかいのかなど。特徴を知ることが大事ですわ。

 試し履きは必ず両足とも履いてみること。片足で履いている人が多いけど、両足で履いてみないと。なぜか? 右と左では大きさが違うから。そして両足で履いたら、片足で立ってみる。片足で立つと足の表面積がだいたい1.2倍くらい大きくなる。この状態で幅、つま先に違和感がなければ大丈夫。ちょっと当たるかな、痛いかもという場合は小さい。それでもあかんというんやったら、型をとって作るしかない。右と左で5ミリ違う人も中にはいる。そういう人は作った方がいいかもしれないですね」

 今まで、こうした点を意識して靴を選んでいただろうか。三村氏には靴作りを通じて「弱点を強くする」という信念がある。これはアスリートだけでなく、ジョガーにも当てはまるはずだ。不要な故障を避け、楽しく走り続けるため、ぜひとも今後の参考にしてほしい。

ロンドンの路面は日本より硬い

 最後に、今夏のロンドン五輪でのマラソンについても三村氏に尋ねた。近年の五輪では、バルセロナとアトランタで有森裕子、シドニーで高橋、アテネで野口らが“三村シューズ”を履き、メダルを勝ち取ってきた。まだロンドン五輪の出場選手も確定しておらず、予想と呼ぶにはあまりにも気が早いが、三村氏は過去のロンドンマラソンの経験から、路面の特徴について話してくれた。

「まだマラソンコースの現地には行ってないんですわ。5、6月ごろに行こうと思ってて。路面は日本より硬いですね。日本より多少、反発性、クッション性がある靴がいいんじゃないかなと思います。反発性、クッション性がありすぎたら、リズムに乗りにくい、速く走れないから、そのへんがシューズのポイントになるやろね。路面が硬いほどスピードが出る。ただ、しっかり練習をしないと本番で疲れが足にくる。ここを靴でどこまでカバーしていくか。スピードを殺さないように、疲れないように、最後まで戦えるような靴を作りますわ」

 三村氏の頭の中では、すでに青写真が描かれているようだ。ひょっとしたら、ロンドンでも……。「最後まで戦えるような靴を作りますわ」。言葉に込められた決意に、靴作りの職人としての使命感をにじませた。

<了>

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